1. まとめトップ

【極真など】フルコンタクト空手流派まとめ【2019年7月更新】

乱立するフルコンタクト空手の流派・道場などをまとめました。これから空手を始めようとする方、よくわからないと言う方必見です

更新日: 2019年07月14日

16 お気に入り 280696 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

フルコンタクト空手って何?

直接打撃制ルールを採用する組手試合、また直接打撃制の稽古体系を採用する空手のスタイルのこと。伝統派空手で一般に採用されている寸止めやライトコンタクトの試合規則からは区別される。日本では、極真会館に代表されるグローブ、防具なしの直接打撃制空手を指す場合が多いが、広義では防具付き空手を含む。

いわゆる「寸止め」ではない方の空手です

極真会館

正式名称は国際空手道連盟極真会館。大山倍達(ますたつ)(1923〜94)が創始した空手の流派。1956年に東京都豊島区に興した大山道場が前身。打撃を直接当てない伝統的な寸止め空手に対し、直接打撃を認めたフルコンタクト空手を標榜し、世界的に普及。

それまで、「寸止め」や「型」ルールが主流だった当時、異論を唱えた大山倍達が創始し、「空手バカ一代」という漫画が火付けとなり世界的に大ヒットした

1971年から1977年まで週刊少年マガジンで連載された劇画。原作:梶原一騎、画:つのだじろう・影丸譲也。同劇画は後述するテレビアニメ化や映画化もされた。空手家・大山倍達の半生を描いた伝記的作品。寸止めでの組手を主体とする日本の伝統的空手界に異を唱え、邪道と謗りを受けながらも実際に打撃を当てる独自の空手(フルコンタクト空手)を提唱、国内や海外を転戦する姿を追った第一部(つのだじろう・画)と、大山道場から極真会館への刷新と世界進出や、主催する大会での場や他の格闘技と戦う高弟たちの活躍を描いた世界制覇編(影丸譲也・画)の、二部構成となっている。

大山倍達の死後、後継者を巡る争い

極真会館創設者・大山倍達

1994年4月26日、極真会館の創始者である大山倍達は逝去した。
弟子たちにとって絶対無比のカリスマであった大山を喪失した極真会館では没後間もなく、その後継の座を巡っての主導権争いが始まった。

極真会館分裂

やがて、団体幹部や支部長、それに準ずるクラスの人物、大山の遺族との間で、団体は四分五裂の様相を呈してゆく。その後も数多くの人物による分派や独立も続き、「極真」という商標も奪い合いとなり、これらは訴訟係争という事態に繋がっていた。その他の指導者や一時代を築いた有力選手にも、知名度が上がると共にこのような政治的な争いに巻き込まれることを嫌って「極真」から離れ、独自の空手道を求めていった者が少なくない。

幹部や支部長が独立を始め、「極真」が乱立

現在に至る

2大団体

国際空手道連盟極真会館(館長・松井章圭)

かつては「K-1」などの、興行、プロイベントに選手を送り込むことで会員の増加を謀った。現在もプロ団体に参戦をする選手がいる。最大の団体。

松井章圭。1963年(昭和38年)1月15日生まれ。株式会社国際空手道連盟極真会館(松井派)の館長である。第4回オープントーナメント全世界空手道選手権大会優勝。大山の“危急時遺言”によって、松井が後継者に指名された。しかし、大山の遺族は遺言に疑義を抱き、遺言状の有効性について訴えを起こし、東京地裁にて「遺言状は無効」との判決を得た。

全世界空手道連盟新極真会(代表・緑健児)

緑健児。1962年4月18日生まれ。NPO法人全世界空手道連盟新極真会の代表理事。第5回全世界空手道選手権大会では軽量級ながら体重無差別のトーナメントで黒澤浩樹、増田章ら強豪選手を破って優勝し、小さな巨人と賞賛された。

その他極真

全日本極真連合会(理事長・小井義和)

極真会館 宗家(代表・大山喜久子)

極真館(館長・盧山初雄)

WFKO(世界ファイティング極真連盟)

極真会館中村道場(代表=中村誠)

1 2 3