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MLB全球団の永久欠番“42”その背番号に込められた意味とは?

ジャッキーロビンソンについてまとめました

更新日: 2013年08月25日

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その背番号を背負ったのはジャッキーロビンソン

右がジャッキーロビンソンです。

マイナーリーグからメジャーリーグへ

47年4月15日、当時の本拠地はニューヨークのブルックリン。ドジャースの開幕戦に、ロビンソンは一塁手でデビュー。背番号「42」を付けてグラウンドに飛び出したとき、20世紀初の黒人選手誕生という歴史的瞬間を迎えた。

1947年はまだ人種差別がまかり通っていた時代でした。

その1947年っていう時代はアメリカでは南部の方では
黒人の人を白人から完全に隔離して学校から公衆トイレから公園のベンチ、
レストラン、バスの座席、全てにおいて黒人と白人をキッチリ分ける
「人種隔離法」っていうのがあった時代なんですね、1947年。

そんな時代に彼と契約したリッキー会長

リッキーは1920年代、カージナルスの副会長としてファーム制度を確立。42年からドジャースの会長を務め、「ニグロリーグ」にいたロビンソンと契約。

リッキーがロビンソンに最も求めたことは「やり返さないだけのガッツを持ってほしい」だった。

その時にリッキーは「君はこれまで誰もやっていなかった困難な戦いを始めなければならない。その戦いに勝つには、君は偉大なプレーヤーであるばかりか、立派な紳士でなければならない。仕返しをしない勇気を持つんだ」と説きました。

契約が交わされた場所にはこんなプレートが

歴史的な契約が交わされた場所には、今は銀行が建ち、外壁には、こんなプレートが掲げられていた。

 「ドジャースが球史を作り、ジャッキー・ロビンソンがアメリカを変えた場所」

出典www.zakzak.co.jp

最初はチーム内にも反対者が

ド軍のチーム内にも一緒にプレーしたがらない選手がいたが、レオ・ドローチャー監督がこう一喝したという。

 「肌が黄色でも黒でも、シマウマみたいなしま模様でも構わない。オレが監督で、チームのためになる選手を起用する。従えない奴は去ってくれ!」

しかし徐々に受け入れられていきます

開幕前、ロビンソンは常に紳士的に振る舞い、シーズン終了時にはチームメイト・監督・報道陣から受け入れられるようになりました。人種差別的な野次を飛ばす観客やロビンソン相手にだけラフプレーを仕掛ける相手チームの選手にチームメイトがロビンソンを守るようになりました。

その後も活躍

その後、47年には新人王と盗塁王、49年には首位打者、盗塁王、リーグMVPなど輝かしい成績を残したロビンソン。

そして彼を讃えて42番が永久欠番に

1947年に黒人初の大リーガーとなったロビンソンは、野球界だけでなく、差別され続けた黒人の地位向上など米社会にも大きな影響を及ぼした。

ロビンソンの背番号「42」は、デビューから半世紀がたった1997年に全球団共通の永久欠番となった。

そしてジャッキーロビンソンデーが制定

2004年には4月15日が「ジャッキー・ロビンソン・デー」に制定され、全選手が背番号「42」のユニホームを着て試合でプレーするようになった。

ジャッキーロビンソンデーにはイチローも42を背負ってプレイします

映画にもなりました

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TVピープルさん

なんだかんだで映画メインにまとめています。

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