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「アフリカの奇跡」大虐殺の舞台ルワンダがIT大国に変貌を遂げていた!

東アフリカに位置する国、ルワンダ。この国は1994年に起きた大量虐殺で世界的に知られる。日本では未だに「悲劇の国」のイメージが強いが、現在、アフリカにおけるICT(情報通信技術)産業の集積地として華々しい成長を遂げている。

更新日: 2013年08月26日

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kasai9219さん

ルワンダとは

ルワンダはアフリカ大陸中部に位置する共和制国家。
1962年にベルギーから独立し、アフリカで最も人口密度が高い国として知られる。

現在のカガメ大統領就任後は政治が安定、アフリカでもトップクラスの経済国になりつつある。

首都:キガリ

ルワンダ大虐殺

独立後のフトゥ政権は一党独裁体制を制度化し、統治手段として組織的にトゥチの排除を行ないました。これは30年以上にわたって何十万人ものルワンダ難民を生み出すこととなりました。1990年には国外追放となっていたトゥチがルワンダ愛国戦線 (RPF)を組織、周辺国へ退去させられていた人々の本国強制送還を指導し、ルワンダ内戦へと突入。戦争の平和的解決を強いられた政権は、体制維持のためにトゥチと穏健派フトゥの組織的排除を計画し、これは元陸軍と市民兵 (インターハムウェ)が起こした有名な1994年の大虐殺へとつながりました。この大虐殺は、国中を混乱に巻き込み、3ヶ月の間に数十万人もの死者を出す大惨事となりました。

正確な犠牲者数は明らかになっていないものの、3ヵ月の間にルワンダ国民の10%が死亡したと言われている。

虐殺終結後のルワンダ

1994年7月、国連介入により大虐殺が終結。RPFが国家を統一すべく暫定政府を設立しました。2003年にはルワンダは国民投票によって新憲法を採択。複数党候補者による大統領と立法府の選挙が行なわれ、ポール・カガメ新政権が誕生しました。現在も依然としてDRCに元陸軍と市民兵が残留しているため不安定な要素が残ってはいますが、ルワンダではこれまで10年以上、平和と着実な再建と開発が続いています。

アフリカのIT大国としてのルワンダ

内政を制して実権を握ったポール・カガメ大統領の下、ICT(情報通信技術)の集積地として成長。近年多くのIT企業が誕生し、アフリカでも有数の「ビジネスのしやすい国」として高い評価を得ている。
ルワンダ語だけでなく、英語・フランス語が公用語化されたことも成長を促している。

国ごとのビジネス環境を調査した世界銀行の「Doing Business 2013」において、「ビジネスのはじめやすさ」という項目では米国(13位)を上回る世界8位。
カガメ政権が力を入れるICT分野の起業件数は2700社に上る。

出典日経ビジネス『アフリカビジネス 灼熱の10億人市場を攻略せよ』

世界銀行のルワンダでのICTへの取り組みを紹介した映像。

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