1. まとめトップ
  2. おでかけ・グルメ

バブル時代を懐かしむ、伝説のイタリアンレストラン「キャンティ」まとめ

バブル世代のあこがれのお店、各界のセレブに愛された伝説のイタリアンレストラン「キャンティ」をあなたは知っていますか?

更新日: 2017年04月09日

frompapuaさん

  • このまとめをはてなブックマークに追加
222 お気に入り 165683 view
お気に入り追加

※1960年に飯倉片町にオープン

まだイタリアンレストランなど皆無に近かった東京において、創業者の川添浩史と妻の梶子は、豊富な海外経験を元に、美味しい料理はもちろんのこと、主人と客同士が語り合いくつろげるヨーロッパ風のサロンを作りたいと考えた。

創業者の川添浩史は、かつては(旧)高松宮家の宣仁親王の国際関係特別秘書官を務め、その後高松宮邸内に創業された光輪閣の支配人を務めていた。

この時に築いた交友関係がのちのキャンティブームにつながっている。

店の設計はル・コルビュジエの最後の弟子として有名な村田豊、そして内装のデザインは彫刻家エミリオ・グレコに師事したこともある川添の妻・梶子が担当。

村田豊は川添の古くからの友人だったそうで、ここでも川添の交友関係の広さがうかがえる。

なかなかの美男美女。

ちなみに、キャンティ(Chianti)という店名は、イタリアはトスカーナ州のキャンティ地区に由来している。キャンティ地区は古くからワイン製造で有名な地域。

※キャンティの料理

シェフは、フランスやイタリアなど各国大使館のシェフを歴任した佐藤益夫をスカウト。

前述の光輪閣にヘルプで入った際に、川添にその腕を見込まれた。

創業当時はまだまだ日本の流通も食材市場も発展途上だったので、本国と同じ材料を揃えることは難しく、例えばバジルの葉の代わりにシソの葉を用いたり、オリーブオイルの代わりにバターとサラダ油を混ぜたりと、代替品で試行錯誤していた。

海外経験豊富な川添夫妻から口頭で伝えられるイタリア料理の数々を、国内で手に入る材料だけで再現するのにシェフたちは大変苦労していた。

名物のスパゲティ・バジリコは現在も昔と変わらないレシピでつくられており、バジリコ以外にパセリや大場などで風味付けをしている。元祖・和風イタリアンといった感じ。

※「キャンティ族」という現象

川添夫妻の友人関係から広がり、いつの間にかキャンティは日本版「カフェ・ドゥ・マゴ」ともいうべき文化交流の「サロン」となっていった。

フランス・パリの「カフェ・ドゥ・マゴ」は、サルトル、ボーヴォワール、カミュ、ピカソ、ヘミングウェイなど多くの文化人が愛された喫茶店。キャンティにも同じように作家、音楽家、歌手、俳優など、あらゆるジャンルの文化人が日々出入りし、芸術論や政治論などを熱く語り合った。

キャンティは午前3時まで営業しており、遅い夕食をとる放送・芸能関係者から、客である政財界人に連れられて来る赤坂や銀座のホステスまでもが来店して深夜まで賑わった。

80年代のバブル時代には「キャンティ族」という言葉が流行り、芸能界の華やかさの象徴となっていた。

【有名な常連客】浅利慶太、安部公房、石原裕次郎、伊丹十三、イヴ・サン=ローラン、イヴ・モンタン、岡本太郎、小沢征爾、加賀まりこ、勝新太郎、加藤和彦、かまやつひろし、黒澤明、黒柳徹子、堺正章、坂本龍一、サルバドール・ダリ、篠山紀信、シャーリー・マクレーン、團伊玖磨、ビートたけし、ピエール・カルダン、フランク・シナトラ、林真理子、細野晴臣、松任谷由実、黛敏郎、三島由紀夫、三船敏郎、宮沢りえ、村上龍、など

実際にはここには書ききれないほど多くの文化人・芸能人が常連客として名前を残しており、来日した際には必ずキャンティを訪れる海外スターもいた。

オーナーの川添夫妻が素晴らしいのは、当時の私のお小遣いではコーヒー1杯がせいぜいなのに、それでも何時間も過ごさせてくれた。大先生も無名の少女も、同等に扱ってくれたのよ。(加賀まりこ)

この店に通うなかで有名になっていった人も多かったそう。

※キャンティに関連する逸話

三島由紀夫が割腹自殺する前の晩に夕食を食べたのがキャンティ。

つまり、キャンティを「最後の晩餐」として選んだわけですね。

川端康成はキャンティで加賀まりこに出会い、一時期は一緒に朝食をとる仲だったとも。

川端康成も、昔はけっこうイケメンで有名だったようです。

荒井由実(松任谷由実)は、中学生時代に実家の八王子からキャンティに通い、芸能界の重鎮を捕まえては自分の歌を披露し、デビューのチャンスを勝ち取った。

"彼女はその当時、まだ中学生で、自宅は八王子にあって、毎週六本木まで電車で通っていたそうです。彼女の目的はただひとつ。音楽界のお偉いさんに、自分の歌を聞いてもらいたい。そして、デビューしたい。実際に、彼女はお客としてきている音楽業界の関係者を捕まえて、自分の歌を披露します。その声は、完成されたものではありませんでしたが、とても、心に響く声でした。彼女は、見初めれ、本当にレコードデビューしてしまったのです。彼女こそは、若き日の荒井由実(松任谷由実)でした。"

川添浩史の息子・川添象郎は、荒井由実、YMOなどのプロデューサーとして活躍し、最近では青山テルマ feat. Souljaの「そばにいるね」をプロデュースしたことでも有名。

暴力事件や麻薬事件もたびたび起こしており、最近ではむしろそっち方面の話題ばかりなのが残念。。。

※当時のキャンティの雰囲気を知りたい人は、、、

↓このあたりの本を読むと当時の時代感がよく分かるかも。

※レストラン・キャンティに行ってみよう!

現在は、キャンティ飯倉片町本店、キャンティ西麻布店、カフェ・キャンティ松屋銀座の3店舗がレストラン営業中。

そのほかにキャンティ松屋銀座店、キャンティ丸ビル店の2店舗があり、こちらではドルチェの販売をしている。

夜のコースは12,500円から。ランチはぐっとリーズナブルで、2,200円から。

夜のコースはワインを頼むことを考えると一人2万円くらいは想定しておいたほうがいいかも。

1





frompapuaさん