1. まとめトップ
  2. デザイン・アート
959 お気に入り 248982 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

間借成太さん

フランス生まれ、単色の作品を制作するモノクロニズムの代表的な画家。

また、パフォーマンスアートの草分け的存在。34歳でこの世を去ったためアーティスト活動は7年程だった。

1948年からオレンジや金、ピンク、青色の、モノクローム(単色)の絵画を制作し始める。

だが作品は中々理解されず、1955年には展覧会への出品を拒否された。また1961年に個展を開催した時もオープニングパーティに人が集まらず作品は一点も売れなかった。

1957年に自らが考える理想的な染料"インターナショナル・クライン・ブルー(IKB)"を作る。

特許も取得!

青で彩られたモノクローム絵画は、私たちを「物質的なもの」の束縛から解き放ち、無限の宇宙へいざなってくれるかのような探い精神性に満ちている。

「気球彫刻」として大量の青い風船を放つ

★なぜ青にこだわったのか?

彼にとってこの青は、生まれ故郷のニースの海岸で見た空の色であるとともに、彼が求め続けた宇宙の根源的なエネルギー、宇宙的な感性と直接結びついている色

こんな逸話も…

19歳の時に友人3人とニースの海岸で、真っ青な世界を3つに分ける相談をする。クロードは土地とその富を、アルマンドは空気を、イヴ・クラインは空とその無限性を選択しました。

薔薇十字団にも入信していたとか。

■そして…空虚展へ/ ‘Le Vide’ (Iris Clert, 1958)

パリのイリス・クレール画廊で全く何も展示しない『空虚』展を開催し物議を醸す。

画廊の中には何もなかった。しかし観客は展覧会に来るまでにIKBで印刷された案内状や、画廊の途中でIKBで塗られた物体を目にしていた。クラインは、画廊までの道で青色に浸透してきた観客の心の内側と、不可視化され画廊内に充満した「見ることのできない青色の空間」が重ね合わせられるだろうと述べている。

展覧会後に観客をカフェに招き真っ青なカクテルを振る舞ったと言われている。これで彼は、青色を拡散させて充満させたことになる。

■パフォーマンスアート

1960年、屋根のひさしから飛び降りる実演を行なう。「空虚への飛翔」と題されたこの一連の行動は、人体によって精神的世界を発見するために行われた。

クラインは1日だけの新聞『デイマッシュ』を作り「空虚への飛翔」の写真を掲載。パリ中の新聞店で販売する。

The image was a photomontage in which the large tarpaulin Klein leaped onto was removed from the final image

でも実はこれ、合成写真だったんです!パリ中の人は驚いたでしょうね…

1 2 3





このまとめへのコメント2

  • この投稿は現在表示することができません。

  • この投稿は現在表示することができません。

1