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教皇フランシスコ1世 の発言。まとめ

"救いは信仰がなくても良心によるとされる"と明らかにした。教皇フランシスコ1世は神の敵ルシファー(サタン)に遣える者であり、最後の教皇となるとも予言されていた。

更新日: 2014年03月11日

hebrews412さん

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同性愛と妊娠中絶も許容

フランシスコ法王は(9月)19日、イエズス会の新聞 "La Civiltà Cattolica"の取材で"教会は人々の実質的な生活条件を理解しなければならない"としながら同性愛者、離婚した人、中絶女性に慈悲を施すことを促す言及をした。これは、近いうちにカトリック教会が同性愛と妊娠中絶を許容することができるという信号を送ったと解釈することができる。

2013年12月18日、フランシスコ教皇が中絶と同性愛に反対する、保守派の米国バーク枢機卿を電撃交代したという。米国バーク枢機卿の中絶·同性愛反対発言を、教皇権への挑戦と判断して、フランシスコ教皇が彼に代わって、ワシントン州のドナルド•オウェルを枢機卿に任命した。電撃交代されたバーク枢機卿は先週、カトリック放送局とのインタビューで、「法王は、我々が‘結婚は男女間にあるべき’と過度に強調していると言うが、結婚は男性と女性間のもとにあることを(今後も)繰り返し言うことができる」とし、同性愛と中絶の問題に寛大なフランシスコ教皇に挑戦するかのような発言をしたと伝えられている。

我々は、また、他の事例からも検討し、さまざまな評価を下さなければならない

同性愛者団体について フランシスコ教皇

アメリカで最も古い同性愛の権利を擁護する雑誌The Advocateが、77回目の誕生日を迎えた( 12月17日)フランシスコ法王を「今年の人物」に選んだ。同性愛を公然と反対していた二人の前教皇とは異なり、 「 (同性愛を擁護する)破格的な発言」をした事実を選定の理由に挙げている。

共産主義経済体制を支持

そして22日にはイタリアのサルデーニャ島のカリャリを訪ねて"神が望むのは(経済の)中心であるお金ではなく、人である"という言及をすることで資本主義経済体制を批判して共産主義経済体制を支持するような発言をして再び波紋を起こしている。

カトリック教会の中心的な価値観を正面から否定しているフランシスコ教皇の歩みを見て"法王もカトリック信者ですか?"という自嘲的な質問この出てきている。

無神論者の公開質問『神は、神を信じない人々を許すか?』に対し...

"イタリアの日刊"ラ レブリカ"の共同設立者で元編集長の無神論者エウジェニオスカルパリは8月のコラムで教皇に公開質問した。すると、教皇はこの新聞に2600字の返事を送り、新聞では11日に1面で紹介された。

『救いは信仰がなくても良心によるとされる』

法王は、"悔いる心を備えれば、神の慈悲は限界がない"とし、 "救いは信仰がなくても良心によるとされる"と明らかにした。続いて教皇は、"無神論者は良心に反する行動をするときに罪を犯すことになる"とし、 "良心に耳を傾け、それに従うことは、善と悪を区別して判断するという意味だ"と述べた。

『信じていない彼らは救われない』と逆転

メディアで大きく取り上げられていない"無神論者も善を行えば救われる"という言及は、フランシスコ1世がすでに5月のミサの説教の中でした発言でもある。この発言が論議になると、すぐに教皇は、スポークスマンを通じて"救いのために信仰を持つべきだということを知りながらも信じていない彼らは救われない"という言い訳で終えたのである。

しかし、今では新聞のコラムで無神論者が投げた公開質問に答える形式で(仕組んでいたという考えを捨てることができない部分だ)"信仰がなくても良心があれば救われることができる"と、自分の考えを公式に明らかにしています。

"神を信じなくても、自分の良心に従えば、神は慈悲を施してくれるだろう。"フランシスコ教皇(写真)は11日、イタリアの新聞に送った手紙の中で"神は、神を信じない人々を許すか"という無神論者の質問にこう答えた。

同性愛者がカトリック司祭になれる

イエズス会出身の最初の教皇であるフランシスコ1世が即位した後、破格的な歩みを続けている。教皇に即位しよう(3月14日)と、サンタ·マリア·マッジョーレ大聖堂を訪れ聖母マリアの祭壇を見つけて花を奉納し、祈りを捧げることによって聖母崇拝(女神崇拝)がその中心であるイエズス会の信仰を端的に見せてくれた。過去の7月には"司祭を性的指向に基づいて判断しない"と言及をすることで同性愛者がカトリック司祭になるための道を開いた。

イスラム教も支持

法王フランシスコは彼の公的な発言を介して継続的にイスラム世界に向かって手を伸ばしてきた。 8月には、フランシスコが"カトリックの人々は、彼らの"イスラム教徒の兄弟たち"と"相互尊重"の中で生きていく方法を学ばなければならない"という言及をしている。

『宗教の統合( New World Religion Order樹立)』という困難な課題を実行するために選別された教皇フランシスコがこれを忠実に実行するためにイスラム勢力に向けて継続的に和解の手を差し伸べているのである。

神の敵ルシファー(サタン)に遣える者である

"義人は信仰によって生きる"(ローマ1:17)、"天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていないからです"(使徒4:12)、"イエスは彼に言われた。わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません"(ヨハネ14:6)神の言葉を正面に敵対した教皇の宣言は、彼が言葉を守護する神の働きではなく、むしろ創世の前から神に敵対してきた敵ルシファー(サタン)のために働く者であることを示している。

最後の教皇である

就任当時からマラキが予言した "カトリック教会を台無しにし、苦難につながる最後の教皇"という噂が出回ったイエズス会出身のフランシスコ教皇が、実際にカトリック教会を破滅へと導くため、本格的な歩みを始めたのではないか疑わしい。

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hebrews412さん

神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。

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