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キューバ革命の英雄フィデル・カストロとチェ・ゲバラとキューバの魅力

20世紀最大の奇跡と言われるキューバ革命。アメリカの真下で反米を掲げ、半世紀以上の現在でも革命は存続しています!ジョン・レノンが当時世界で1番かっこいいといった男。その名前はチェ・ゲバラ。今なお存命している誇り高き革命指導者フィデル・カストロ。様々な魅力が溢れるキューバについてまとめてみました。

更新日: 2016年12月05日

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キューバ革命の英雄であるチェ・ゲバラやフィデル・カストロを尊敬しています!彼らのように腐敗をしないで、いつでも国民目線である指導者は素晴らしいと思います!

キューバ、フィデル・カストロ、チェ・ゲバラ。奇跡の革命といわれるキューバ革命。革命後も苦難を乗り越え、現在でも革命を存続させている小さな強国キューバ。アメリカに頼らないその姿勢に多くの中南米諸国がキューバを支援しています。 キューバ革命について考えると、革命闘争時のフィデル・カストロやチェ・ゲバラたちの超人的で勇敢な活躍に強い関心が向いてしまうが、革命成功後の、彼らの一貫した政策、平等主義、国民の為にとの強い思いがあります。

希代のカリスマ革命家死去。フィデル・カストロ氏

希代のカリスマ革命家がついに逝った。

え、、、、、。現存する人の中で1番尊敬する人物がいなくなった。意味が分からん。

あの世があって盟友ゲバラと再会できるなら最初の言葉はなんだろう、、、。

フィデルは非常にわずかな資源でも、どれだけ貧しくても、国民すべてに無償で医療と教育と福祉を提供することができると示し、世界の貧困国に希望を与えたことが、最大の遺産。

もし21世紀に革命家が生まれたら20世紀最後の革命家フィデルの生まれ変わりだろうな。

「資本家どもとともに私は地獄に落ち、マルクスやエンゲルス、レーニンに会いまみえるであろう。地獄の熱さなど、実現することのない理想を持ち続けた苦痛に比べればなんでもない」

キューバ革命で理想として掲げたのは、平等社会の実現と対アメリカ自主・独立。

国内経済の水準は決して高くはないが、医療や教育の無償化といった平等を重視した政策は実現した。

「私は地獄に落ちる」稀代の革命家が遺した言葉は、革命、そして社会主義という理想が「夢」のままで終わってしまうこと。それを象徴しているように思えてならない。

アメリカ、ケリー国務長官:「歴史的な日だ。壁が取り除かれた日だ」キューバ、ロドリゲス外相:「両国には(人権の考え方で)大きな違いはあるが、それでも協力できると固く信じている」

アメリカとキューバは20日、正式に国交を回復し、双方の首都で大使館を再開させました。式典の後、ケリー長官と会談したロドリゲス外相は、関係正常化には経済制裁の全面解除が不可欠だと訴えました。一方、ケリー長官は、関係正常化には長い時間が掛かるという認識を示しましたが、双方とも協議を続けることで一致しました。

テレビ朝日系(ANN)

ハバナで聞かれた市民の声は、まさに「歓迎一色」。 反米国家の市民は、関係改善を心待ちにしていた。キューバでは、政府が半世紀以上にわたって「反米」を掲げてきた手前、「お祝いイベント」こそなかったが、市民は、星条旗の服を着て喜びを表した。

また家庭では、国営放送の特別番組を見て、祝う人もいた。ハバナ市民は「ものすごく大きな前進でうれしい。キューバ人はみんな、この日を待っていた」と語った。

フジテレビ系(FNN)

真の革命家であり、究極の理想主義者であり、信念の人であり、この世の中でもっとも「人」を愛する事を信じた男チェ・ゲバラ。 一瞬たりとも気力がなえるのを許さない。喘息に苦しめられ、与えられた時間はかぎられていたが、彼は自己と闘うことを知り、その闘いの記録をくる日もくる日も日記に書いて日付を刻んだ。 飾ることなく、つつみ隠しもせず、肌で感じると同じくらいむき出しにして、過ぎゆく年月が風化するのを拒むかのように激しい筆で、その瞬間の思いを固定した。 チェには欠点もあったが、それを上回るカリスマ性、無邪気と紙一重の理想主義者であり、精神的蜂起の体現者だった。

キューバでは、国家元首であってもファーストネームで呼ぶ。大人から子供まで誰もが、親しみを込めて「フィデル」と呼ぶ。 フィデルは、革命が勝利したのは、国民の支持があった事を今でも忘れていない。またキューバの指導者はただの人間であり、神ではない!との発言があるように、質素に生活し、いつでも国民目線であり、国民を心から愛しているからである。 アメリカの植民地支配を打倒したキューバ革命後は、アメリカから敵視され、冷戦下の中、ソ連を始め、東側諸国との関係を築きながらも、キューバは独自の社会主義政策を求め続けました。

家族へあてた手紙の末尾に書かれていたもの。 ゲバラの娘アレイダによるとその意味は下記の通り。 “No vorveria a Cuba hasta la victria,pero en mi siempre ,
‘patroia o muerte,venceremos’” 『ノ・ボルベリア・ア・クーバ・アスタ・ラ・ヴィクトリア、 ペロ・エン・ミ・シエンプレ、「パトリオ・オ・ムエルテ、ヴェンセレモス」 『私は「勝利するまで」キューバには戻らない。だが「いつも」私の心には 「祖国か死か、勝利するのだ」の意味がある』 と書いたのが「アスタ・ラ・ヴィクトリア・シエンプレ」に縮められた。

正義という理想主義的価値観の体現者として、世界共通のほとんどの
唯一の象徴がチェ・ゲバラなのだ!

当時、世界中を震撼させたチェの悲劇的な死は、21世紀になってもなお
人々の心を揺さぶりつづけ、心情的ながら、正義の実現と変革を人々に
志向させているのだ! だが、チェが生きていたらならばこのように行動したはずだと想像を
たくましくしても人々(自分も)行動はできない。

そこで理想の行動を、なおもチェに託し代行してもらおうとする。

こうしてチェは「存在する不在」「不在なる存在」でありつづける。

米国とキューバ両政府が20日、相手国の首都に再び大使館を設置し、1961年の断交から54年ぶりに国交を回復させた。半世紀以上も敵対してきた両国にとって、新たな歴史の幕開けとなる。訪米したキューバのロドリゲス外相は同日、ケリー国務長官と会談。ケリー氏も8月にキューバを訪問する予定だ。

朝日新聞デジタル

米国務省では20日朝(日本時間20日夜)、米国と外交関係のある各国の国旗が並ぶロビーに、キューバ国旗が加えられる。また、ワシントンにあるキューバの利益代表部を大使館に格上げする式典も開かれる。

ハバナでも同日正午、米利益代表部が大使館に格上げされる。米大使館再開の式典はこの日ではなく、8月にケリー氏がハバナを訪問する際に行う予定だ。

朝日新聞デジタル

1999年には、ラテンアメリカ医科大学が開設され、医師になる為の総合医療プログラムが設けられた。これは、ラテンアメリカやアフリカ諸国など貧しい家庭出身者が対象に、総合基礎医師養成が6年間施される。 このプログラムでは、無償で授業が受けられ、その間学生には生活費まで保証されるのだ。卒業後、学生に定められている責務は、その国の貧しい地域で働くことであり、現在、世界24ケ国から約9000人の学生が学んでいるのである。 フィデルは、敵対として扱われている米国に対しても無償でこのサービスを提供している。

ソ連崩壊後、最優先課題にフィデルが挙げたのが食糧問題です。近代科学農業から有機農法へ。熱帯気候という悪条件の中、日夜、研究・研修が行われ、独自で開発したオルガノポニコという技法で農業を始め、現在はジャガイモ以外の農作物は全て有機農法であり、果物や柑橘類を除いては全て有機農法です。 キューバは島国ですが、魚を食べる習慣はあまりなく、肉食だった国民に食の改善を促し、魚や野菜を食べるように促しています。 指導者であるフィデルが率先して自らの食生活も変えています。まずは、指導者からというのが実にキューバらしいです。

まずはファミリードクターがいて、1区画に1つの診療所があり、日頃から細かく住民の体調管理に気を配り、病状が悪化すれば、徐々に医療段階を上げていく。革命前はほとんどの国民が医療を受けれかったが、革命後は誰もが無料で医療を受けれるようになり、1962年からワクチン接種のキャンペーンが進められ、マラリヤやジフテリアも1970年には根絶するなど快挙を起こした。1980年代後半には、髄膜炎B型のワクチンを発見し、特許を取得したのである。 国境無き、医師団には多くのキューバ人が参加しており、2005年には、キューバ独自であらゆる国境を越えて人命を救うために、国際的医師ブリガーダが創設される。

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