1. まとめトップ

この記事は私がまとめました

SecretGiftさん

全く同じコーディネートしちゃいました。

・まったく歯が立たなかったら、
すぐにサッカーを辞める覚悟がある。
でも絶対にやれるという自信がある

・良いことも良くないこともあった。でもどんなことだって、
すべては未来への糧になるんだと俺は思っています。

・俺が一番知っている

・メダルより図書券が欲しい

・小学生の頃から自分の価値観を他人に押しつけたり、
押しつけられたりするのが嫌い。
今も全く変わらない。とにかくほっとかれるのが好き

日本の初出場となった1998年フランスW杯では、
チームの核としてグループリーグ全3試合に中田はフル出場。
中田のプレーは海外のクラブからも認められ
W杯後獲得に名乗りをあげたクラブはなんと「12チーム」もあった。
これがどれだけ伝説かw
アーセナル・ユヴェントスFC・というビッグクラブは
レンタルに出される危険性があったために選択せず・・・
同年7月、21歳でイタリアのセリエA・ペルージャへ移籍金470万ドルで
完全移籍した。

「今まで日本人でプレミアリーグでレギュラーを張った選手は過去に1人もいませんよ」
これは当時の日本代表監督、岡田監督の一言。

移籍当時、トッティ自身も中田の実力は認めており、
すでにライバル視していた。
それを決定付ける有名な話しが・・・
中田がローマに移籍してくると聞いたトッティが
チーム監督(ファビオ・カペッロ)に対して

「俺とナカタのどっちを取るんだ?」
「ナカタがローマに来るなら俺が出て行く」

と警戒感を露わにしたらしい・・・
ローマのエース、イタリアのエースが自分の立場を危ぶむほど、中田の実力は認められていたんだろう。

1