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【プロレス技】アルゼンチン・バックブリーカー使い手プロレスラーまとめ

プロレス技における背骨折りの代表格であるアルゼンチン・バックブリーカーの使い手プロレスラーをまとめます。画像や動画も。派生技は一旦省いてます。動画リンクはアルゼンチンのシーンへの直リン。

更新日: 2015年10月23日

karykaruさん

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アルゼンチン・バックブリーカーとは

人間一人を持ち上げるので自分も辛い。相当なパワーと強靭な足腰が必要。

背骨折りの中では最も人気が高く、有名である。
現代でも使い手が多く、主にパワーファイターの象徴的なプロレス技として古くから定着している。
相手の身体を自分の首に巻きつけるように極める姿から“人間マフラー”と実況や記事の見出しなどで度々称される。
相手が苦痛に耐えれば耐えるほど仕掛けている側も辛く、遂には下ろしてしまうことが多い。一方で、しばらく絞り上げてから、自ら立てた片膝をめがけて前方へ落とすこともある。かなりエグイ技となる。
記者やライターから「絶滅」「死に体」などと言われ、使い手がいなくなり、見かけられなくなった時期が長かったが、中西学とレックス・ルガーによって再び日の目を浴びた“ゾンビ技”である。というよりも、これはプロレス技に限らないが、人間がオリジナリティを求める上で原点回帰や温故知新を意識することはいつの時代にもあるので、有識者が絶滅だ死に体だ言おうとも、時が経てば再生するものなのだ。
プロレス技の進化に伴い、つなぎ技に降格したイメージはあるが、派生した必殺技は数知れず、バーニングハンマーや裏go 2 sleepなど、必殺技の中でも「奥の手」クラスの最終兵器に位置づけられる危険技が多い。
タッグマッチではカットに入ってきた敵を蹴散らすために、持ち上げた相手を振り回して攻撃する光景も良く見られる。

別名。

アルゼンチン・バックブリーカー Argentine Back Breaker(アルゼンチン式背骨折り)。
アルゼンチン・バックブリーカー・ラック(Argentine backbreaker rack)、
ロッカ・スペシャル(Rocca Special)、
ロッカ式バックブリーカー(Rocca Back Breaker)、
レベル・ラック(Rebel Rack)、
トーチャーラック(Torture Rack)、
タワーブリッジ(Tower Bridge)、
レジー・ラック(Reggie Rack)、
アコーディオンラック(Accordion Rack)、
エクスプロージョン(Explosion)、
かつぐばい(Katsugubai)、
最高の離婚

関連・派生技

アルゼンチン・ストマック・ブロック、アルゼンチン・バックフリップ、2段階式アルゼンチン・バックブリーカー、ヘラクレスカッター、マナバウアー、アルゼンチン・コースター、H5O/ハワイアン・ファイブ・アウト、ビクトリードライバー、タワーハッカー・ボム、アルゼンチンバックブリーカードロップ、ショック・トリートメント、獣神バックブリーカー(ライガー・バックブリーカー)、スパイシードロップ、バーニングハンマー、リストクラッチ式バーニングハンマー、裏go 2 sleep、トランキライザー、サイコドライバー(サイコドライバー2000)、サイコ・ドライバーIV、ブラッド・フォール、アルゼンちん、巨人殺し、アルゼンチン・バックブリーカー・エアプレン・スピン、ダブル・スインギング・アルゼンチンDDT、アルゼンチン・ダブル・ニー・ブレイカー、バズーカうどん、トーチャーラック・ボム

代表的となる使い手プロレスラー一覧

1950~60年代前半に活躍した“裸足の王様”アントニオ・ロッカがエアプレーンスピンをかけようとした際、相手が逃げようと体勢を入れ替え、そこを固定してできあがった技であるため、偶発的に誕生した技である。また、“黄金のギリシア人”ジム・ロンドスが使っていたファイヤーマンズキャリーをヒントにしたという説もある。
名称の由来はアントニオ・ロッカがイタリア系アルゼンチン人のため。当初はロッカ・スペシャル、ロッカ式バックブリーカーと呼ばれていたが、この名前で定着し、代表的な必殺技となった。
創始者でありながら通常の体勢のまま落ち着かず、担ぎ上げた後に跳ねるわ走り回るわと動きまくるのもロッカの特徴。
その昔、アルゼンチンでロッカがデビューした直後に、日本人柔道家と異種格闘技戦で対戦したところ、アルゼンチン・バックブリーカーで10分以上もの間、絞め続けて遂には背骨を折ってしまった、という何とも昭和臭いエピソードも有名。

アントニオ(トニー)、ジャン、チャールス、アデリアン、ライオネル、ポールのバイラジョン六兄弟の一人である。人間起重機と呼ばれた怪力の持ち主。
昭和32年1月に来日した際に、アルゼンチン・バックブリーカーを披露し、これが日本で初めてこの技が使われたとされている(アントニオ・ロッカは現役として来日したことがない)。

角界出身の猛者で小兵ながら怪力を売りにしていた。重心が低く、上半身の力があるプロレスラーに向く技であるから、使い手としてはうってつけの適格者。
日本人でアルゼンチン・バックブリーカーを使った第一号のレスラーと言われている。アントニオ・ロッカは現役来日がなく、アデリアン・バイラジョンは一度のみの披露と言われているので、日本ではこの豊登のアルゼンチンが有名である。61年のワールドリーグ戦では、初来日したカール・ゴッチからこの技で一本取ったことも。
逆エビ固めと双璧を成す必殺技として使用。

御多分に洩れず“燃える闘魂”もアルゼンチン・バックブリーカーの使い手として名が挙がる。
1988年8月8日、新日本プロレスの横浜文化体育館大会で行われたIWGPヘビー級選手権。いわゆる飛龍革命の後。事前に行われた王座挑戦者決定リーグ戦で辛くも優勝を飾った猪木が、王者である藤波辰爾に挑戦した際、死闘と呼ぶに相応しい長丁場となり、猪木は珍しい引き出しの一つとしてアルゼンチン・バックブリーカーを見せた。両膝がマットについた状態から片足ずつ立てて起き上がっていく光景に、解説の山本小鉄は感嘆の声をあげた。ちなみに実況は1年4ヵ月ぶりに古館伊知郎アナウンサーがついた。結果は60分フルタイムドロー。

大一番でフィニッシュに使っていたのが坂口。豊登に次ぐ日本人での使い手である。
2メートル級の大型選手をこの技でしとめたことも。

反則技のイメージが強いタイガー・ジェット・シンの隠れた必殺技。アントニオ猪木とNWFヘビー級王座戦を巡る戦いで使用し、勝利を奪ったことも。

意外なところでは藤波が使用者として名が挙がる。もちろんジュニア時代を築いた時期の引き出し。この技でダイナマイト・キッドからタップを奪っている。
UWFから新日本プロレスにUターンしてきた高田延彦を相手にアルゼンチンを決めてみせた。

タワーブリッジの名で使用する。イギリス・ロンドンのタワーブリッジに見立てたため、この名前になった。
相手の身体を真っ二つにへし折ってしまうほどの驚異的な威力を誇る。

ロビンマスクが関連する派生技:逆タワーブリッジ、変形タワーブリッジ、ロープワーク・タワーブリッジ

トーチャーラックの名で使用する。幻の必殺技とまで言われ、影を潜めたアルゼンチン・バックブリーカーを再び復活させた一人である。
各団体を渡り歩き、アティテュード・アジャッスメント(パイルドライバー)にフィニッシュを変えるまでは、ほぼ一貫してこの技をフィニッシュにしていたため認知度が高く、大歓声を背に担ぎ上げる様子が印象深い。
レックス・ルガーの功績もあってか、米国の実況ではアルゼンチン・バックブリーカーよりもトーチャーラックの名称で呼ばれることが多い。

国内最大の功績者。日本人プロレスラーを代表する使い手であり、代名詞的な技でもある。昨今でもパワーファイター=アルゼンチン・バックブリーカーのイメージが強いのも中西の影響だろう。
国内では坂口征二以降、これといったアルゼンチン・バックブリーカーの使い手が全くと言っていいほど現れず、風化してしまう恐れもあったが、中西が完全に蘇らせた。1999年のG1 climaxでは、決勝で武藤敬司からアルゼンチン・バックブリーカーでタップを奪い、優勝に輝いた。この技がフィニッシュとして復活した瞬間でもあった。
フィニッシュに使われることは減ったが、ヘラクレスカッターを筆頭に、多くの派生技を開発。
ストロングマンとのタッグではアルゼンチン・バックブリーカーの二重奏を見せる。

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