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daiba49さん

もし遺族がまったくいない天涯孤独な人が殺されたとき、その犯人が受ける罰は、軽くなってよいのですか。

「判決は全体として希代の迷判決であるけれども、その中でもこの部分ほど笑止千万なものはない。裁判員は一部の例外を除き国民の義務として構成されている。自分の日常生活を犠牲にしても裁判員にならなければ行政罰を課され、守秘義務違反、質問票虚偽記載では刑罰まで予定されている。それが国民に対し『参政権と同様の権限を付与するもの』とはどのような思考回路から出てきているのであろうか」
 「この事件の最も重要な憲法判断を要する部分が、この国民に課した裁判員参加義務の正当性に関するものであるのに、それについてかかるかかる荒唐無稽な判示をして、この制度にお墨付きを与えようとする最高裁の態度には、それでもお前は本当に最高裁なのかと問いかけたくなる」(『裁判員制度と最高裁』「裁判員制度廃止論」)

認知症の91歳の男性が線路内に入って電車に轢かれて死んだ事故の判決のことが載っていた。JR東海が、列車の遅延に対する損害賠償720万円を要求し、名古屋地裁は、その「全額の支払いを命じた」という件である。

老人は、認知症で徘徊し、家族で介護していた。産経抄は、「事故は、妻がまどろんでいる間に、男性が家を出て起きた。認知症の人を24時間監視するのは不可能だ。そんな実態を無視して、“監督責任”を認めた判決は、遺族だけでなく、介護に関わる多くの人に衝撃を与えている」と書いている。

これは、日本の官僚裁判官の典型的な病理が表われているものなので、興味深い。日本の裁判官が、裁判で重視するのは「要件事実」だけである。「事情」には踏み込まない。それが鉄則だ。なぜなら、いちいち「事情」に踏み込んでいったら、一人の裁判官が200件、300件、あるいはそれ以上抱えている案件が「処理できない」からである。

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