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みずほ銀行のあまりにもドロドロとした派閥争いが酷すぎる!

銀行の派閥抗争というのは半沢直樹の世界よろしく、ドロドロしたものです。しかし、その中でも、特にみずほはひどかったようです。

更新日: 2013年10月11日

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銀行の派閥は恐ろしいものです。

UFJを破滅に導いた派閥対立なんかが典型的だけど、銀行の派閥抗争における「学閥」とか「出身行」ってのは、それ自体は一般行員の間では単なる色分けに過ぎないわけで、これが派閥抗争になるのは、その色分けをベースに親分がいて、子分がいるという関係がないと成立しない

しかし、どうやら派閥抗争でも、青(みずほ)の派閥抗争は段違いで酷かったようです。

青の派閥抗争ってのも、実は出身行の対立というよりも、出身行の枠とは別の派閥力学が働いていた、というところに注意しないと、問題を見誤ってしまう。元々、青の母体になったDKB、FBK、IBJの三行には、それぞれ固有の問題があった

DKB=第一勧銀、FBK=富士銀行、IBJ=興銀

第一勧銀の事情

DKBは、金融危機当時比較的経営体質は良好だったものの、取引先の多くに不動産・流通・建設の不況三業種を抱えていた。しかも、DKB自体が合併銀行だったので、合併後30年経ってもいまだに内部で出身行ベースの対立が存在していた。

しかも、DKBは総会屋事件で過去の経営陣から現役の取締役の主要メンバーが根こそぎ逮捕されて、経験の浅い杉田氏が頭取に就任していた。「最良の花嫁候補」と言われながら、内部では長年経営を牛耳っていたD系ラインに対するK系ラインの不満が高まっていた

富士銀行の事情

FBKの場合は、同根であるYTBが破綻状態で、「系列」とみなされていた東京建物や、山一證券の経営悪化で危ない銀行として見られていた。YTB救済のため、うまみのあるホールセール信託部門をDKBと合弁させることで、DKBとの合併をもくろんでいた

YTB=安田信託銀行

興銀の事情

もうひとつが、IBJ。IBJは長信銀の中で唯一破綻を免れ、良好な経営体質を誇っていたが、実態は調達コストの高い資金と、融資先の先細りで長信銀モデルが崩壊して久しかった。投資銀行として生き残るにしても、基盤がない。野村や第一生命との提携に見られるように、生き残りに必死だった

そして、固有の問題を抱えた3行が一緒に夢見た「対等の精神」が問題を引き起こした

それぞれに問題を抱える三行(といっても、青以外の他の銀行はそれ以上に深刻な問題を抱えていたのだが)が合併すれば、お互いに補完できるわけで最良の合併と思われた。まぁ実態は、「三人寄ればもんじゅの事故」的な感じになってしまったのだが

合併が失敗しが根本的な理由が、合併当時繰り返し唱えられた「対等の精神」である。ねこには規模も、内容も違う銀行が合併するのに、対等もクソもないと思われるのだが

対等合併を実現するために合併後の銀行は持株会社(HDのちのFG)、個人中小企業向け銀行(BK)、ホールセール向け銀行(CB)のポストを持ち回りでつとめることになった。初代HDのCEOはDKB出身の杉田氏、BKとCBはまだできていなかったので、それぞれFとIBJの頭取が就任する予定

そして狂い始める「対等の精神」

ところが、この順序が狂ったのは、杉田氏が健康問題で退任することになったので、CEOの座がFに転がり込んできたことだ。銀行の人事においては、入行年次というものが非常に重要になる。杉田氏が退任するとなると、同世代の現IBJ・FBKの頭取からCEOではなく、次の世代から出すことになる

FBK(富士)から登場した前田晃伸氏=妖怪

Fの頭取である山本氏のナンバーツーというと、山本氏の懐刀と言われた妖怪であった。妖怪は、プリンスと呼ばれた小倉氏を、春日部事件で山本氏の引責辞任を避けるために、全責任を押し付けた上で関連会社にぶっ飛ばして信頼絶大の部下だった。

IBJ(興銀)から登場した斎藤宏氏(=路チュー公爵)

IBJからは合併交渉において、カウンターパートナーだった路チュー公爵が引き上げられ、旧三行のトップは、顧問として青の経営に対して影響力を持つことになる

DKB(第一勧銀)のマイカル事変

杉田氏退任に前後して、三行の中でもっとも優位だったDKBでいわゆるマイカル問題がおこる。マイカル問題では、杉田氏不在の中でD派とK派の対立が深刻化して、突然死的にマイカルが破綻することになる。合併三行の中で、急速にDKBの影響力が低下していくのもこの頃

前田晃伸派閥(妖怪派閥)の躍進

影響力が低下したDKBに代わって台頭したのがFBKで、合併後はDBKとホールセール部門をCBに分離した上でリテール部門をCBとして統合する予定だったのだが、バンカーとしての実績は微妙でも絶大な政治感覚を備えた妖怪の元で、経営統合はジョジョ立ちにFBK優位になっていく

決定的だったのが、三行が合併分離を果たして正式にBKとCBが発足した2002年の合併時のシステム障害である。この障害の責任を取り、旧銀行経営陣だった三顧問が退任し、青を牛耳るはずだった三顧問の影響力が絶たれ、妖怪による専制の時代に入る

前田晃伸派閥(大)と斎藤宏派閥(小)の棲み分け

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