出典 www.hijesus.jp

雨ニモマケズにはモデルがいた?

最近、この詩にはモデルがいたと考えられています。内村鑑三の最期を看取った唯一の弟子、斎藤宗次郎(写真)がその人です。

宗次郎は花巻出身。地元の小学校の教師でしたが、キリスト教徒であることを理由に学校を追われます。

退職後は新聞販売を兼ねる書店を経営し、キリスト教の伝道を志しました。新聞配達のために、雨の日も風の日も大風呂敷を背負って走りました。

配達や集金の際には病人を見舞い、子供達には菓子を分け、貧困の者には小銭を与えました。出会った人々の悩みに耳を傾け、土地の人に慕われました。

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宮沢賢治『雨ニモマケズ』をわかりやすく解説する

童話作家の宮沢賢治の代表作に『銀河鉄道の夜』や『風の又三郎』などが上げられますが、彼を最も有名にしているのは詩「雨ニモマケズ」でしょう。日本人なら誰でも一度は読んだことがあるこの作品を詳しく解説します。

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