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【戦後生まれの歴代首相】安倍晋三・鳩山由紀夫・菅直人・野田佳彦内閣の概要まとめ

日本では、最初の戦後生まれの首相としては、昭和29年生まれの安倍首相が就任してから、これまで4名の「戦後生まれ」の首相が誕生しました。戦後生まれの歴代総理大臣の概要についてまとめました。

更新日: 2013年10月12日

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shiro05さん

戦後生まれの総理大臣は現時点で4名

・日本では、最初の戦後生まれの首相としては、昭和29年生まれの安倍首相が就任してから、これまで4名の「戦後生まれ」の首相が誕生しました。戦後生まれの歴代総理大臣の概要についてまとめました。

戦後生まれの総理大臣が安倍晋三・鳩山由紀夫・菅直人・野田佳彦である。

安倍晋三首相(第1次安倍内閣:2006~2007)

第90代、57人目の首相に選出された。初の戦後生まれで、戦後最年少。同日夜に自民、公明両党連立の安倍内閣を発足させる。

・第一次安倍政権当時の記事は、「初の戦後生まれで、戦後最年少」と紹介された。なお、最年少の首相経験者という意味では、後に野田佳彦さんがその記録を塗り替えることになった。

厚生労働大臣柳澤伯夫が、「15 - 50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭でがんばってもらうしかない」などと、「女性は子供を生む機械」という趣旨の発言をしたと報道された。

・女性の人格を踏みにじる発言をした大臣の発言など、内閣を厚生するメンバーの人権意識に乏しいのではと思われる場面もあった。

伊吹文科大臣は、2月25日、長崎県長与町で開かれた自民党長与支部大会で、教育基本法改正に触れ、同法の前文に「公共の精神を尊び」という文言が加わったことについて、「日本がこれまで個人の立場を重視しすぎたため」と説明し、人権をバターに例えて「栄養がある大切な食べ物だが、食べ過ぎれば日本社会は『人権メタボリック症候群』になる」と述べた

・いじめ問題や教育改革をめぐり、伊吹文部科学大臣が「人権メタボ」と表現し、いじめ被害者の心情を傷つける発言をおこなった。この問題はアムネスティ・インターナショナルが懸念を表明する事態にもなった。

6月30日、久間防衛大臣(当時)が、千葉県柏市で「原爆の投下はしょうがない」と発言した。
7月3日、6月30日の「原爆投下しょうがない」発言を受けて、久間が防衛相を辞任

・厚生労働大臣の発言に続いて、防衛大臣が広島、長崎の原爆投下の被害を受けた被曝者の心情を傷つける発言も行っていた。このケースでは大臣が辞任に追い込まれる事態になった。

・度重なる不祥事が続き、2007年7月に参院選で敗北、その後も首相続投を表明していたのだが・・・。

51才と戦後最年少の若さで総裁に選ばれて、内閣総理大臣に就任した。だが、わずか1年後の2007年9月に突然の退陣表明。

翌年2月、安倍氏は雑誌に手記を寄せ、首相退陣の真相を初めて明らかにする。原因は、潰瘍性大腸炎という病気──潰瘍性大腸炎とは、厚生労働省が指定する“難病”のひとつだ。

・不祥事続きの第一次安倍内閣、政権として相応しくないという世論も強い時代だったが、退陣の背景に首相自身の病気があったなら、政策の賛成や反対とは別として、病気で苦しみながら第一次安倍内閣を率いた安倍首相の当時の状況には同情せざるをえないだろう。

鳩山由紀夫首相(鳩山内閣:2009~2010)

・戦後生まれの2人目の内閣総理大臣は、2009年、麻生太郎さんの後任となった鳩山由紀夫さんである。

これは第二次世界大戦後の衆議院における一政党が占める議席数として、1986年総選挙において中曽根康弘総裁率いる自由民主党が獲得した304議席を上回り最大である

・野党が選挙で第一党となって政権交代が実現するというほど、当時の民主党の勢いは強かった。

いのちを、守りたい。
 いのちを守りたいと、願うのです。
 生まれくるいのち、そして、育ちゆくいのちを守りたい。

・鳩山首相の、「いのちを守りたい」で始まる施政方針演説は、鳩山内閣を象徴する演説となった。

09年秋の事業仕分けは、民主党への政権交代の熱狂とあいまって、1万4千人が傍聴し、170万人がインターネット中継をみた。報道も熱を帯びた。

・しかし「事業仕分け」が意図していた、無駄な予算のカットは十分に進まず、逆に、必要とされる予算にまで強硬に切り捨てる手法がとられたことに批判も集まった。

内閣や党の支持率の低迷で、7月に想定される参院選で改選を迎える議員らの間で辞任論が強まっていた。昨年9月の政権交代から8カ月余りでの退陣で、細川内閣と並ぶ短命政権になる。

・連立していた社民党の連立離脱など、政権運営が立ち行かなくなった場面もあり、期待されていた鳩山内閣は短命内閣に終わってしまった。

菅直人首相(菅内閣:2010~2011)

・鳩山内閣の後継となった菅内閣も、戦後生まれの首相による内閣である。

首班指名選挙によって第94代内閣総理大臣に指名され、6月8日に天皇に任命され、正式に内閣総理大臣に就任。菅内閣が発足する。6月8日の総理大臣官邸での記者会見の際には、「政治の役割は国民、世界の人が不幸になる要素をいかに少なくする『最小不幸社会』を作る事だ」と述べた。

・ロールズ哲学に基づいた政権運営を行おうと意欲を見せていた菅首相だったが・・・。

2011年3月11日14時46分に東北地方太平洋沖地震が発生。東日本大震災およびそれに付随するかたちで福島第一原子力発電所事故が発生すると、地震・原子力災害の対策に政府・与野党が集中

・震災への対応をめぐり、菅さんは退陣に追い込まれることになる。

・その後、菅首相は「脱原発依存」に向けた活動に傾倒していく。

菅直人首相は2011年7月13日夕方の記者会見で、「原発に依存しない社会を目指すべき」とし、国内の原発を段階的に廃止していく方針を明らかにした。

・脱原発を主張した菅直人さんだったが、それでも支持率は回復せず、菅内閣は退陣に追い込まれる。

この事(東日本大震災)を総理大臣として経験し、それに対して色々と対策を打ってきた責任者として、総理という立場を辞めたからといって、一切責任はなくなりましたという事ではない。いろんな被災者の皆さんの声を、今度は総理という立場ではありませんが、現地にこれまでと同じように、時折足を運んで話を聞いて、伝えるべきところに伝えていきたいなと。こんな風に思っております。

・菅内閣は、ほぼ「災害対応のための内閣」としての活動となり、そして幕を閉じた。

野田佳彦首相(野田内閣:2011~2012)

・2011年、菅直人さんの後任となった野田佳彦さんは、戦後生まれの4人目の内閣総理大臣である。

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