1. まとめトップ
  2. ニュース・ゴシップ

【白い呪術師】元セネガル監督のブルーノ・メツ氏が死去

サッカーの元セネガル代表監督で2002年ワールドカップ(W杯)日韓大会で同国をベスト8に導いたブルーノ・メツ氏がフランス北部ダンケルクの自宅で死去した。59歳だった。

更新日: 2013年10月16日

25 お気に入り 92166 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

tame2000さん

白い呪術師、ガンで死去

サッカーの元セネガル代表監督で2002年W杯日韓大会で同国をベスト8に導いたブルーノ・メツ氏がフランス北部ダンケルクの自宅で死去した。59歳だった。

各国メディアの報道によれば、メツ氏は結腸、肝臓、肺のがんのため、14日夜にフランス北部の故郷の町で息を引き取ったとのことだ

1954年1月28日 - 2013年10月14日
フランス・クドケルク=ヴィラージュ出身のサッカー選手、サッカー指導者

選手時代は主に母国・フランスのクラブでキャリアを過ごす。

指導者としては、フランスでキャリアを積んだ後、セネガル代表監督に就任。2002年のワールドカップにおいて、初出場ながらセネガルをベスト8に導いた。

その後、イスラム教に改宗しており、それに伴ってアブドゥル・カリム・メツと改名した

ブルーノ・メツの軌跡

現役時代はヴァランシエンヌやリールなどでプレー

メツ氏は2002年ワールドカップ日韓大会で、セネガルを率いて開幕戦で前回大会の王者フランスを破り、チームを8強まで導いた。

その後は中東でも成功を収め、2003年にはUAEのアル・アインを率いてAFCチャンピオンズリーグ(ACL)で優勝

2011年にはカタール代表を率いてアジアカップでベスト8進出

カタール代表監督として日本の前に立ちはだかり、激闘を演じました

末期がんと闘うブルーノ・メツ 「余命三ヶ月だった」

胃がんの治療のため、アラブ首長国連邦(UAE)のアルワスルの監督を昨年辞任していた

2012年7月にディエゴ・マラドーナ氏の後任として、アル・ワスルの監督に就任していました

検査を受けたところすでに大腸、肝臓、肺に癌が転移している深刻な状況が明らかとなり、監督を辞任し闘病生活に入った。メツ氏はこの時点で余命は三ヶ月と宣告されていたと明かしている。

しかし、それから九ヶ月が経ち、状況は徐々に改善されているという。17キロもの体重を失っていたが、ここ数週間で2キロ回復することに成功したとのこと。

それでも最後まで生きることをあきらめなかった

私は監督として、選手に『今日の試合は、君たちの人生を賭けた戦いだ!』と言ってきた。しかし、それは違ったね。今、私はまさに“人生を賭けた試合”をプレーしているんだから。

9割の人間が燃え尽きるような状況だった。でも、私は誰よりも強い生への欲望を持っていたんだよ。

世界を驚かせた「白い呪術師」

2002年にアフリカネイションズカップで準優勝、同年ワールドカップ本大会で初出場ながらベスト8進出という快挙を達成した。

長い間、ワールドカップでも五輪でも本大会出場経験はなく、アフリカネイションズカップでも1990年の4位が最高という弱小国だったセネガルを率いて素晴らしい結果を残した手腕は多くの人々に賞賛されました

波乱に富んだ2002年の日韓W杯の中でも一際鮮烈な印象を与えたチームであり、開幕戦でもあった初戦で前回大会優勝のフランスを相手に大金星をあげ、世界中を驚かせた

あのジダンを擁し、直前のユーロで優勝したフランスからの大金星でした

決勝トーナメント1回戦のスウェーデン戦でも1-1から延長前半終了間際に鮮やかな決勝ゴールを叩き込みベスト8まで駆け上がった。

チームの規律を重んじる監督だった

1 2