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【おじろく】長男以外は奴隷扱い?そんな風習が実在した!【おばさ】

そんなに遠くない過去、日本の田舎にはこんな風習が残っていました。「おじろく・おばさ」という長野県の田舎にあったという風習。社会環境よっては、人格までもが変えられてしまう事の恐ろしさ。社会が個人に影響を与える一つ例とも言えます。時代は変われど現代日本にも当てはまる事例がありそうです。

更新日: 2013年10月24日

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hatch2010さん

▼ 日本に20世紀まで実在した「おじろく」「おばさ」という風習をご存知ですか?

山林によって隔絶された村では、独自の文化が発生する場合が多い。昔の長野県神原村(現・下伊那郡天龍村神原)もその一つ

このあたりは高山の谷間で平地が極端に少ない。耕地面積が充分とれないから、産めよ増やせよというわけにはいかず、なんとかして人口を制限をしなければ共倒れになってしまう。そこで、この村の人々は奇妙な人口制限法を考えた。

家長となる長男より下の子供は「おじろく(男)・おばさ(女)」と呼ばれ、長男のために死ぬまで無償で働かされた。

16~17世紀ごろから何百年も続いていた。

もちろん現在の神原では、このような制度は存在しない。ただ明治5年でも190人、昭和40年代に入っても3人のおじろく・おばさが生きていた。

▼ どのような風習だったのか。

世間との交際を禁じられ、生涯戸主のために無報酬で働く

家庭内での地位は家主の妻子よりも下で、自分の甥っ子や姪っ子からも下男として扱われる。

おじろく、おばさ同士で交際することもなく、多くのものは童貞、処女で一生を終えた。

▼ そんな風習を生み出した時代背景

1673年に分地制限令を出し、これに伴って、農民の間でも嫡子単独相続が定着していった。分家の余地がある富農の場合を除き、長男のみが家督を相続するわけだから、必要なのは、長男だけ。

分地制限令・・・江戸時代、幕府が出した田畑分割相続の制限令

長男以外は田畑を相続できない。また、結婚を制限し人口を抑制するために生まれた風習、それが「おじろく・おばさ」

▼ そんな風習に「おじろく・おばさ」自身は何を思ったのか

「他家へ行くのは嫌いであった。親しくもならなかった。話も別にしなかった。面白いこと、楽しい思い出もなかった」

「人に会うのは嫌だ、話しかけられるのも嫌だ、私はばかだから」

「自分の家が一番よい、よそへ行っても何もできない、働いてばかりいてばからしいとは思わないし不平もない」

以上、『精神医学』1964年6月号・近藤廉治「未分化社会のアウトサイダー」より。
彼らにいくら話しかけても無視されるため、催眠鎮静剤であるアミタールを投与して面接した結果。

近所の人と交際することもなく、話しかけても返事もしないが、家族のためによく働いて不平も言わなかったという。怒ることも笑うこともなく、無愛想で趣味もない。

彼らは人と会うのも話しかけられるのも嫌い、楽しいことも辛いこともなく、世の中を嫌だと思ったこともなく、結婚したいとも思わず、希望もなく、不満もない。

おじろくが村を出ることは非常に悪いことで家の掟にそむくことだ、という考えがあったため、村を出ようと思う者はほとんどなく、まれに出る者があっても人付き合いがうまくできず、すぐに戻ってきたのだそうだ。

▼ 彼らにはこの風習に対して不平不満がありません。それは何故でしょうか。

彼らは、物心つくまでは長男と同じに育てられるけれど、次第に弟や妹は兄に従うものだ、という教育を受け、将来は兄のために働くのだ、と教えこまれるようになる

成長するに従って兄と違う取り扱いを受けるようになるのだけれど、ひどい仕打ちだと恨まれるようなこともなかったとか。親たちも、長男以外はおじろくとして育てるのが当然だと考えていたので、別にかわいそうに思うこともなかったらしい。

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