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泥棒が唐草風呂敷を背負って盗みをするイメージになったのは何故?

そもそも唐草模様は吉祥文様のひとつで、四方八方に伸びていくつるが長寿や延命を象徴し、ひいては子孫繁栄につながると受け止められたことから、大変縁起の良い模様として広く庶民の間に浸透しています。しかし、そんな唐草模様の風呂敷を背負うといえば、「泥棒」というイメージになったのは何故なのかまとめてみました。

更新日: 2017年11月04日

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motome-lifeさん

唐草模様は風呂敷の代表的な柄

もともと江戸時代の風呂敷は植物をモチーフにするものが多かったが、普及するにつれ、人々は植物の季節感だけでなく、「おめでたいこと」を重視するようになる。

そこで登場したのが、縁起が良いとされる植物を描いた吉祥文様。例えば松竹梅は長寿を意味し、麻の葉は子供の健康につながることから重宝された。
古代エジプトで生まれ、シルクロード経由で大陸から日本に伝来した唐草もまた、吉祥文様のひとつで四方八方に伸びていくつるが長寿や延命を象徴し、ひいては子孫繁栄につながると受け止められた。

ただし、実際に唐草という植物はなく、中国を経て奈良時代に渡来した蔓草に由来しています。

唐草風呂敷が普及したもうひとつの理由

唐草風呂敷の普及は、生産効率の高さにある。
風呂敷は着物と同じように反物と呼ばれる長尺の布地(幅約38cm、長さ約12m)から作られる。最も一般的な二幅(約68cm幅)と呼ばれるサイズなら、2枚の布地をつなぎ合わせて作る。反物は染め上げてから裁断するので、模様によっては上手く合わせるのが難しくなるが、基本はシンプルな渦巻き模様だから、合わせやすく、つなぎの部分もほとんど目立たない。

泥棒が唐草風呂敷の大包みを背負っているイメージとは?

ほっかむりをした泥棒が唐草風呂敷の大包みを背負っているというイメージは、戦前から漫画などで多用されていた。

まず最初に盗んだ物を持ち運べる大判の風呂敷を探し、それから仕事に取りかかりました。

大判風呂敷といえば唐草文様!
唐草文様の風呂敷は明治から昭和にかけて大量生産され、どの家庭にも必ず一枚あるものでした。

そして、大判の「唐草風呂敷」に盗んだ荷物を入れて運び出していた。

誇張はあるが、「唐草風呂敷」を使う泥棒のイメージは、こうした世相が面白おかしく伝聞された結果かもしれない。

泥棒さんが手ぶらで行っても仕事になるほど、それだけ、どの家にも風呂敷が有ったということです!

風呂敷という名称

江戸時代に入り、湯をはった銭湯が誕生し、衣類や入浴用具を四角い布に包ま れるようになったのが、現在の風呂敷に最も近いもので、風呂に敷く布のよう なもので包むことから「風呂敷包み」や「風呂敷」と呼ばれるようになった。

風呂敷という名称が残されいる最古の記録は、1616年に作られた徳川家康の遺産目録。その一部に「こくら木綿風呂敷」という表記がある。

風呂敷の最盛期は1950年代の半ばから1960年代後半

ちょうどこの頃、「唐草風呂敷」を背中にしょったコメディアン、東京ぼん太が登場し、テレビや舞台で人気を集めた。

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