<1998年10月>

1998年。
「就職氷河期」。いや、「就職”超”氷河期」

希望する企業に入社することは至難の技といわれていた。
数百社に資料請求をして、返事が返ってきたところにまた連絡をする。
何百枚の履歴書を書いて、面接の練習をして・・・。
大学の同級生たちはそんな普通の活動をしていた。

その頃、わたしは当然のようにパチスロをしていた。
ヒゲもそらず、帽子をかぶり、行く途中で缶コーヒーを買って・・・。

「おいおい。それでいいのか?」
とは、全く思わなかった。

「なんとかなる」
人生を簡単に考えていた。

「とりあえず、スーツを買わないと」
なんとなく思った。
でも、金が無い。

親に電話しよう。
スーツ代ならもらえるかな?

私の親は決してケチではない。
子供を広島から仙台の大学に入学させて、仕送りもしっかり送っている。
親のボーナスの時には、いつもより多めに仕送りが振り込まれる。

そんな、父親の口癖は、
「借金だけは絶対するな」

いったいどこから自分の歯車が狂ったのか。
そんなこと今考えてもしょうがない・・・。

父親に電話をすると、スーツ代と靴代、かばん代として10万円がすぐに次の日、
私の通帳に振り込まれた。

振り込まれた日、その10万円をパチスロで使ってしまう自分がいた。

親不孝。
親不孝。
親不孝。

実家は決して金持ちではない。
母親は缶詰工場のパートで働いている。

「どうしよう。スーツを買う金がない・・・」

3日後、もう一着スーツを買うと言って父親にお金を無心した。

「いいか。2着目のスーツは1着目と色違いを買えよ。交互に着れば、長持ちす
 るからな。」
父親の言葉が心に痛かった。

しかし、その2着目のスーツ代・4万円もパチスロに消えていった・・・。

なんで?
なんでそうなるの?
なんで普通の生活ができないの?


この頃、死ぬのが怖かった。
もし交通事故で死んだら、ちょうど葬式が終った頃に消費者金融から電話がくる
んだろうな。

「アイフルですけど、お宅の息子さん50万円の借入れがあるんですが・・・」
「アコムですけど、お宅の息子さん35万円の借入れがあるんですが・・・」
「オリックスですけど、お宅の息子さん30万円の借入れがあるんですが・・・」
「DCカードですけど・・・」

絶対死ねない。


<1998年9月現在>
 ・借入先:5件(DCカード、アイフル、アコム、JCB、オリックス)
 ・借入金:127万円(ローン含む)
 ・毎月の支払い:164,000円

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名前:松下一樹(仮名) 生年:1976年生まれ  地元:広島 経歴:中学・高校と学業の成績は常に上位。部活はバスケット。大学は仙台の国立大学。。

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