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5分でわかる国宝『彦根城』の歴史と見どころ

『彦根城』は往時の天守が現存する全国12城の一つで、国宝にも指定されています。『彦根城』の歴史と見どころをまとめました。

更新日: 2018年12月06日

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■往時の天守が現存する『彦根城』

滋賀県彦根市にあった平山城(ひらやまじろ)。

琵琶湖畔の小高い独立丘陵である彦根山(金亀山、標高136m)を中心につくられ、江戸時代には彦根藩の藩庁が置かれ、譜代大名の井伊氏14代が居城とした城である。

日本城郭協会選定による「日本100名城」の一つ。

近世の城で天守が残っているのは、弘前、松本、犬山、丸岡、彦根、姫路、備中松山、松江、丸亀、松山、宇和島、高知の12城。

このうち、松本、犬山、彦根、姫路の4城の天守は国宝です。

■井伊直政の長男・直継が築城

1600年(慶長5)の関ヶ原の戦いで活躍した徳川四天王の一人の井伊直政は、戦後、敵将石田三成の居城の佐和山城(彦根市)と近江国北東部の領地を与えられ、彦根藩の初代藩主となった。

直政は新たな居城の築城を計画したが、関ヶ原の戦いで負った戦傷を悪化させて1602年(慶長7)に死去した。

井伊直政の長男・井伊直継が1603年に築城を開始、1606~1607年頃に天守が完成した(城郭全体の完成は1622年)。

■解体の危機をのがれた『彦根城』

廃城令により全国の城が次々と取り壊されていく中、大隈重信が視察に来た際、その消失を惜しみ、明治天皇に上奏し取り壊しを免れたと言われている。

破却を免れたため、国宝に指定された天守、附櫓、多聞櫓をはじめ、安土桃山時代から江戸時代にかけてつくられた5棟の櫓門、重要文化財指定の馬屋など貴重な建造物が残っている。

■『彦根城』の見どころ

天守(国宝)

天守は3階3重、つまり3階建て3重の屋根で構成されています。

壁,軒裏,破風を漆喰で塗り込め,金箔を押した飾り金具や黒漆を多用するなど華麗な意匠が特徴。

規模は小さいが、屋根の曲線の調和が美しく荘厳な雰囲気を持っています。

牛蒡積(ごぼうずみ)と呼ばれる石垣は自然石を使い、重心が内下に向くように作られ、外見は粗雑だが強固な造りです。

天秤櫓(てんびんやぐら:重要文化財)

時代劇の撮影などでも使われる天秤櫓は、長浜城から移築したといわれている。

上から見ると「コ」の字形をしており、両隅に2階建ての櫓を設けて中央に門が開く構造となっています。

廊下橋を中心に左右対称に櫓が並び立つ姿が、天秤に似ていることからこの名が付きました。

均整のとれた美しさに加え、城内の要の城門としての堅固さを感じさせます。

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