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飛行機形の未来都市ブラジリアはかなりレアな世界遺産だった!

「過去を持たない未来都市」ともいわれるブラジリア。歴史的な街並みを持つ都市が世界遺産に登録されることは多いのですが、建設されて40年未満という都市が世界遺産に登録されたのは異例のことでした。

更新日: 2016年10月22日

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CuteMonsterさん

ブラジリアについて

ブラジルの内陸部にある計画都市。
リオデジャネイロが首都だと思っている人も多いかもしれませんが、ブラジリアが現在の首都です。
標高約1,100mの高原地帯にあり、人口は約250万人。

1960年4月21日、ブラジル政府はリオデジャネイロからブラジリアへと遷都した。

臨海部ばかり発展していたのを、内陸部の発展を推進し、 国土の均衡ある発展とブラジル経済の成長を促すことを目的として行われたようです

飛行機のシルエットをしているのがわかります。
左の方に見える湖は人造湖(パラノア湖)

街全体は上空から見ると巨大な飛行機のシルエットで、その機首部分には国の舵を執る国会議事堂があり、胴体部分には主要官庁の庁舎が軒を連ね、教会や博物館、図書館、劇場などの公共施設も充実している。両翼部分にはブラジリアで働く人々の住居エリアが街の左右に広がっている。

何もない荒野に短期間で作られた都市

1956年、同年1月によってジュセリーノ・クビチェック大統領によって遷都計画が実行に移され、3年10ヶ月の歳月をかけ新首都ブラジリアが建設された。

「50年の進歩を5年間で」というスローガンのもと、急ピッチで工事は進められた。

基本的都市計画はブラジル建築界の重鎮ルシオ・コスタ、主要建築物はニューヨークの国連本部ビルなども手がけたオスカー・ニーマイヤーが担当。2人の師であるル・コルビュジエが協力する形で計画は進んだ。

都市計画は、荒野にひいた2本の線から始まった。
ほぼキリスト教徒のため、先ず十字架を型どったという。
やがて、それは翼を広げた飛行機の形をした街へと変化していった。

遷都を推進したジュセリーノ・クビチェク大統領は、建設現場近くの掘立小屋に、労働者とともに寝泊まりして、陣頭指揮を取ったという。

大統領の任期中の完成を目指したために、こんなに急ピッチで工事が進められたとのこと。

世界遺産に登録されたのは当時異例だった

賛否両論のあるブラジリア建設ですが、人類のプロジェクトとしてはこれほど挑戦的で大規模な物は他に例がなく、その点が評価され1987年には歴史遺産を持たない、造られて40年未満の都市として異例のユネスコ世界遺産へと登録されました。

歴史的な街並みを持つ都市が世界遺産に登録されることは多いのですが、建設されて40年未満という都市が登録された のは異例のことでした。

車歩完全分離の都市計画

片側6車線、幅250メートルのモニュメント大通りが通っています。幹線道路は車道と歩道が完全分離で立体交差のため信号機や横断歩道はありません。

街の中の移動は、車かバスを想定したため信号がほとんど無く、立体交差が中心です。

ブラジリアの道路はほとんど信号がなく立体交差になるよう設計されている。しかし当初予定していた人口50万をはるかに超え2010年では250万人となったため、通勤・帰宅時間の渋滞問題がある。

現在は取り急ぎ信号をつけているようです。

交通の緩和のためにトラムの建設工事が進行中。

近代的な宗教施設

シンプルで近代的な箱型の教会は、内部がブルーとピンクのグラデーションのステンドグラスになっています。まるで水中にいるかのような幻想的なブルーとピンクの光がきらきらと大変美しいです。中央にあるシャンデリアはおよそ3トンほどの重さの水晶でできているそうです。

ステンドガラスに包まれたやさしい青色の空間。
まるで海の底から水面でキラキラ輝く太陽の光を見上げたときのような、不思議な感覚になる。

オスカー・ニーマイヤーのデザイン
ブラジリアの象徴ともいえる有名な建築物。
聖堂入口の4人の使徒像はセシアッティの作品

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