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古木克明について知っていること、全部。

松坂世代を代表するスラッガーにして、名珍プレーヤー。豪快な打撃でファンを魅了したプロ野球選手から、突然の格闘家へ転身。そしてまたプロ野球への挑戦、と夢を追いかけ続ける男、絶対にあきらめない男の異名を持つ。そんな古木克明という男のこと、まとめてみました。

更新日: 2013年11月10日

yamadakabaさん

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古木 克明(ふるき かつあき、1980年11月10日 - )

三重県松阪市出身のプロ野球選手( 内外野手)、元総合格闘家にして、至極の名珍プレーヤー。

横浜ベイスターズ、オリックス・バッファーローズ、格闘団体スマッシュなどなどを経て、
現在はアメリカ独立リーグ・パシフィック・アソシエーションのハワイ・スターズに所属している。

■ 古木克明の年表。

〜1997年

リトルリーグ通算66本塁打

小学校3年のときにボーイズリーグで野球を始める。
人数が足りなくて試合が出来なかったため、4年の時にリトルリーグに転向。
その頃からずば抜けたパワーを持っていた古木は上級生のチームに入り、
初試合で決勝ホームランを放った。

1996年 高校2年・夏 甲子園出場

甲子園通算850号

1回戦・長崎南山高戦で2点をリードされた9回表にライトスタンドに同点ツーランを放つと、
延長12回表に大会通算850号となる勝ち越しツーランを放って試合を決めた。

高校野球 古木1試合2ホームラン 1
http://www.youtube.com/watch?v=7CB8sBJywC4
高校野球 古木1試合2ホームラン 2
http://www.youtube.com/watch?v=rxfhE6p04Bk

隠し球で刺される

2回戦の甲府工戦では、二塁打で出塁直後に隠し球で刺される

高校日本代表選出

高知商業藤川球児と共に2年生では2人だけ

1998年 2度目の甲子園出場、ベスト4に進出

1回戦 村田修一擁する東福岡高と対戦

後に、横浜ベイスターズで同僚となる村田修一(横浜→巨人)と対戦。
0対0で迎えた5回に、その村田から先制タイムリーを放つなど3打点を上げ6対4で快勝

バットは抱いて寝る

高校時代は練習の虫で、甲子園の中継でバットを抱いて寝る、
グローブなどの道具を大切にする選手として紹介。
左打ちながらレフト方向にも本塁打が打てる強打者だった。

1998年 横浜ベイスターズ入団

出典ameblo.jp

1998年、ドラフト会議で横浜ベイスターズから
1位指名(松坂大輔の外れ1位指名)を受け、入団。

実は、小学校の卒業文集に
「絶対に行きたくない球団は大洋」と書いていた。

将来の夢 古木 克明

将来の夢はプロ野球の選手です。
 (中略)
そしてプロ野球へ行ってもいやな球団があります。絶対にいきたくない球団は、ロッテ、大洋です。

『トリビアの泉』インタビュー

Q.本当に卒業文集に書いた?
古木「確かに書きました」
ちょうどその頃大洋がすごく弱かった時期なんで本当に行きたくないと思ってました」

Q.そんなに入りたくなかった?
古木「大洋は行きたくなかったです」

Q.なぜ入った?
古木「ほんとはダイエーが決まりかかってたんですけど、
松坂君をはずしたために僕が1位でとられちゃって」

古木「入団する時は喜んで来たんですけど」

2000年

2002年 背番号が「33」に

背番号3を石井浩郎に譲り33に変更。
二軍でチームトップの打率.285、13本塁打。
シーズン後半に若手起用の方針から一軍で積極的に起用された。

シーズン後半、突然の爆発。

9月4日の中日戦で落合から初ヒットを放つと、7日川尻、17日河原、18日桑田、21日山本昌、22日岩瀬と、エースクラスからホームランを連発し、結局30試合そこそこで打率.320、9本塁打、22打点と獅子奮迅の大活躍でファンを喜ばせた。

日本代表選出、大活躍。

IBAFインターコンチネンタルカップでは日本代表に選出され、
4本塁打を放ち、本塁打王とベストナイン獲得。
キューバ戦では満塁ホームランも。

2003年 開幕スタメン

「ファームとはまるで違いました。
 三日間とも凄いプレッシャーで、何も考えられなかったですね」

オープン戦で6本塁打16打点を記録し、初の開幕一軍、そして開幕スタメンを掴むも、
3連戦で12打数0安打8三振という散々たる結果に終わった。

7月5日、横浜スタジアムで行なわれた広島戦。7回表に何でもないサードゴロを捕球した古木は何もない場所で大転倒。実況の清原アナウンサーは「古木、あっーーと!」と絶叫。解説の斉藤 明雄は「自分のお庭ですよ。お願いしますよ」、あきれ果てた。なお古木が転倒しながら投げた送球は一本塁間に転々とし、これを見た一塁走者はホームをついたが、間一髪タッチアウトになり結果オーライとなった。

解説の斉藤明雄「自分のお庭ですよ。お願いしますよ」

今でも野球ファンの方がそういう風に話題にしてくれることは
 本当に有難いことですよ。
 無関心の人は“古木あーっと”なんて言いませんからね。

本塁打22、しかし打点37

本塁打・打点ともにキャリアハイの成績を収めるが、
左投手やチャンスに弱く、得点圏打率は.121。
そのため22本塁打ながら37打点という記録に。

シーズン131三振(規定打席未到達ながらワースト2位を記録)

リーグワーストのタイロン・ウッズの132三振に次ぐ記録

リーグ最多の20失策(三塁で18失策、外野で2失策)

従来の日本プロ野球記録は、1968年に長嶋茂雄が残した19個

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yamadakabaさん

まままま、まとめたい。