1. まとめトップ
  2. 雑学

国会は長い歴史の中でたった一度だけ「広島」で開催された事がある

明治から始まる国会の歴史で、たった一度だけ広島で国会が開かれた事があるのを知っていますか?

更新日: 2013年11月12日

64 お気に入り 26704 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

haru-tomoさん

国会が始まったのは1890年

1881年(明治14年)10月12日、明治天皇から国会開設の詔が発せられ、1890年(明治23年)を期して「國會」(議会)を開く事が表明された

麹町区内幸町二丁目(現・千代田区霞が関一丁目、現在の経済産業省敷地)に仮議事堂が建設された

明治23年(1890)11月25日、第1次山県有朋内閣の下で、第1回帝国議会が召集されました

現在までの123年間の中で、ただ一度だけ広島で国会が開かれた事があるんです

国会は東京にあるものと思ったら、長い歴史の中で一度だけ地方で開かれたことがある

明治27年(1894年)9月22日、 「第7回議会を広島に召集する」との詔書が公布され、急遽、臨時の仮国会議事堂の建設が広島市内で始まりました

その理由は「日清戦争」により、広島が大本営となったからだった

臨時仮議事堂が約半月の突貫工事で広島に建設され、同年10月14日竣工、翌10月15日に召集された第7回帝国議会で使用された

場所は当時の西練兵場内(現在の中区基町)

臨時軍事費予算案などを可決した後、4日間の会期を終えました

「日清戦争」とは?

1894(明治27)年から翌年にかけ,李氏朝鮮をめぐっておこった日本と清との戦争

眠れる獅子といわれた清に勝ってしまった

戦争に勝利した日本は下関条約を清との間に結び、その後、大躍進をとげることになります

広島が選ばれたワケ

広島には、たくさんの学校が作られ学都(学問の都)と呼ばれる一方で、軍都とも呼ばれていました

1871(明治4)年、全国でもっとも早く軍隊がおかれた町のひとつが広島だったのです

日清戦争の時には、広島市の宇品港から戦場に向け、兵士が出兵したり物資が運ばれたため、全国から人や物が広島に集まってにぎわうようになりました

明治27年(1894年)6月には山陽本線が広島まで開通し軍事輸送が容易になったことにより、日清戦争の大本営が広島に置かれたため

日清戦争が終結するまで、広島が日本の首都だったともいえる

翌28年4月戦争が終結して、天皇が帰京されるまでの約7か月余、広島市は事実上日本の首都となった

1