町のはずれにあばらやを買い求め、そこで安淫売や浮浪者を誘いこんでは欲求不満をはらす日々が1978年ごろまで続いた。
 しかし1978年もうすぐクリスマスという12月22日、仕事を終えた帰り道でレナ・ザコトノーバ(9歳)に声をかけたアンドレイはあのあばらやに彼女を誘いこむことに成功した。
 そこでついに彼はレナをナイフでめった刺しにして念願のサディスティックな願望を満たしてしまったのである。
 一度味わった禁断の果実の甘さにアンドレイは狂喜したと言っていい。
 レナの死体は2日後川に投げ捨てられているところを見つかったが、犯人として逮捕されたのはアンドレイではなく前科者のアレクサンドル・クラフチェンコという男であった。
 哀れなこの男は1984年に殺人犯として処刑されている。
 せっかく間違った犯人が捕まったのに新たな事件を起こして真犯人がいることに気づかせるのはまずいと思ったのか、アンドレイはしばらくの間自重する日々を送る。
 しかしついに素行の悪さから教師を首になり、工場の補給担当者となった1981年、再びアンドレイは凶行に走った。
 犠牲者はラリサ・トカチェンコ。
 深い森の中で彼女を絞殺したアンドレイは死体を切り裂いて内臓を取り出し、射精しながら雄叫びをあげた。
 
 「パルチザンになった気分だった」

 若き日に読んだ小説を思い出し、今こそアンドレイは妄想の夢を叶えていた。


 かくしてソビエト連邦が生んだ最凶の殺人者「ロストフの切り裂き魔」は誕生した。
 この後アンドレイは12年にもわたり52人という大量の女性や子供たちを虐殺することになる。
 犠牲者はほとんど刃物でめった刺しにされており、眼球をくりぬかれたり性器を切り取られていることもたびたびであった。
 それらはたいていの場合その場で食べられるか、自宅に持ち帰った後で調理されていた。

 12年もの間アンドレイが逮捕されなかったのにはわけがある。
 まず当時の共産圏は連続殺人事件は資本主義の退廃的な文化の悪弊であると信じられていた。
 そのためグラスノスチでアンドレイの情報が公開されると結局共産圏も同じじゃないか、という批判にさらされることとなった。
 さらに問題なのは警察が一連の殺人を同一犯のものとは考えていなかったことである。
 非常に硬直した当時の官僚体制では横のつながりが希薄で、出張先で犯行を繰り返すアンドレイを捕捉できなかった。
 まだコンピューターによるデータベース化もされておらず、警察がこの事件を同一犯と判断するのは実に三十人以上が殺されたあとであった。
 さらにアンドレイの体質がまるで悪魔の加護のように彼に幸運をもたらした。
 被害者に付着した精液から犯人をAB型であると鑑定したが、アンドレイはA型であった。
 アンドレイは精液と血液の型が異なるという珍しい体質の持ち主であったのだ。


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アンドレイ・チカチーロの生い立ち【ロシアにて52人虐殺】

アンドレイ・ロマノヴィチ・チカチーロは、ウクライナ生まれの連続殺人者。ロストフの殺し屋、赤い切り裂き魔などの呼び名で知られる。1978年から1990年にかけて、おもにロシア・ソビエト連邦社会主義共和国内で52人の女子供を殺害したとして殺人罪を言い渡された。

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