1985年、出張先のモスクワ市郊外で殺人を犯す。この事件をきっかけに、KGBの国内部門が捜査に乗り出し、コストイェフが派遣される。
多数のバス停と鉄道駅で、軍服を着た警官隊による巡回が実施された。狭くて小さなせわしい駅では、諜報活動員による巡回が行われた。この巡回の目的は、大きな鉄道駅やバス停へ犯人を行き来させないためであった。これにより、チカチーロは警察がいないことが明らかな小さな駅で犠牲者を探すことを余儀なくされた。警察の作戦には、売春婦かホームレスのような格好をさせた若い女性の諜報員も数多く参加させた。彼女らは、死体発見現場に沿って広範囲を旅するのと同様に、駅周辺を目的もなく歩き回り続けた。
しかし、彼は大きな誤りを犯した。彼の毒牙にかかった数多くの犠牲者が、警察による大規模な作戦につながったのである。主にロストフ地域周辺のほかの公的な場所と同様に、鉄道駅やバス停において陸軍まで加わった、数多くの大規模なパトロール隊が動員された。
なお、チカチーロは1986年から1987年の約2年間、一切犯行を行なっていない。このころにはペレストロイカの一環としてゴルバチョフが推進していたグラスノスチによる情報公開により、それまで秘匿されていた連続殺人事件の全容が一般に公表され、警察の捜査もそれまでの方針を改め、民間からの情報提供を広く募ることとなった。チカチーロはこの間に殺人犯の捜索にボランティアで協力している。
1988年、チカチーロは殺人を再開する。主にロストフから遠く離れた地域で活動(殺人)した。1990年の1月から11月のあいだに少年7人と女性2人を殺害している。
1990年11月6日、スヴェータ・コロスティック(Sveta Korostik)という22歳の女性を殺害し、体を切断した。実質的に、これが最後の犠牲者である。殺害後、顔に返り血を付着させたまま現場付近を歩いていたチカチーロが警察官の目にとまる。民警が彼の勤務記録を調べた結果、犯行日時と出張記録が完全に一致し、民警およびKGBの監視下に置かれる。事件のあとでさえ、警察はチカチーロを逮捕・起訴するだけの十分な証拠がなかった。しかしながら、チカチーロは絶えず諜報員の追跡を受け、ビデオテープに撮られるなどして、警察の監視下にあった。
11月20日、これ以上チカチーロを泳がせておくのは危険だと判断した民警とKGBは、同日午後3時44分、職場から帰宅するところを逮捕した。逮捕時の様子は警察によりVTR撮影され、時折TVなどで放送されることがある。なお、犠牲者のなかに民警中尉の子女がいたことから、報復を避けるため、取り調べはKGBロストフ支部の建物で民警・KGB合同で行なわれた。取り調べは主にコストイェフ大佐が担当した。
警察は、犯行現場で犠牲者とチカチーロとの乱暴なやり取りの痕跡を数多く発見した。
チカチーロの指の1本には傷があった。チカチーロは職場で荷降ろし作業中、誤って荷物とパレットの間に指を挟んで出来たものだと主張したが、検査した医療検査官は、チカチーロの傷は誰かに噛まれてできたものと結論付けた。後日、指を怪我していたことが分かったにもかかわらず、チカチーロは傷の治療を要求することはなかった。
警察は、自分を尋問し、自白させる警察長官を含めて、自分が病気持ちで医者の助けを必要とする者であるとチカチーロに信じさせるという計画を決めた。この計画は、自白することで精神異常という理由で起訴されることはないという希望をチカチーロに抱かせた。チカチーロの尋問には、最終的に精神科医の手助けが依頼された。
長い話のあと、チカチーロは犯行を自供した。ところが、自白はチカチーロを起訴するのに十分ではなく、より厳然たる証拠が必要であった。チカチーロは、警察がまだ発見できていない埋められた死体を明らかにして自分から証拠を提供した。これにより、当局はチカチーロを起訴するのに十分な証拠を得た。11月30日から12月5日までのあいだに、チカチーロは50以上の殺人を自白した。犠牲者のうち、3人が埋められており、発見・確認が取れなかった。チカチーロのほとんどの自白は、36人を殺害した犯人を目録に入れてある警察に衝撃を与えた。犠牲者の多くが他者との接点がなかったのは、チカチーロが犠牲者を探していた土地から遠く離れた場所で殺されていたためで、チカチーロが警察を先導するまで、埋められた犠牲者は発見されなかった。

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アンドレイ・チカチーロの生い立ち【ロシアにて52人虐殺】

アンドレイ・ロマノヴィチ・チカチーロは、ウクライナ生まれの連続殺人者。ロストフの殺し屋、赤い切り裂き魔などの呼び名で知られる。1978年から1990年にかけて、おもにロシア・ソビエト連邦社会主義共和国内で52人の女子供を殺害したとして殺人罪を言い渡された。

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