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【吉幾三】「IKZO」と呼ばれて5年、俺ら東京さ行ぐだremixの、これまで

11月11日に62歳の誕生日を、11月25日に「俺ら東京さ行ぐだ」発売から29年を迎えた吉幾三さんと、その作品から起こった奇妙なブームについてまとめました。

更新日: 2013年11月25日

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gob_sonさん

全ての始まりである「吉幾三」と「俺ら東京さ行ぐだ」

吉幾三のプロフィール

本名:鎌田善人(かまたよしひと)
出身地:北津軽郡金木町大字嘉瀬字畑中(現、青森県五所川原市)
略歴:
金木町立金木南中学校卒業。作曲家・米山正夫氏に師事。
1973(昭和48)/3/1『恋人は君ひとり』(芸名・山岡英二:現・日本クラウン)でデビュー。
1977(昭和52)吉幾三に改名し、同年11/25には、クラウンレコードから自身の作詞・作曲による『俺はぜったい!プレスリー/青春荘』をリリース。以後シンガー・ソング・ライターとして活躍。同時に映画・TVドラマにも出演。

「俺ら東京さ行ぐだ」発売の流れ

「俺はぜったい!プレスリー」のヒットから7年。背水の陣とばかりに発売したのが「俺ら東京さ行ぐだ」(84年)だ。米国に渡った板前時代の先輩から贈られたレコードに収録されていたラップからヒントを得た。方言とラップを組み合わせた斬新な曲調に「ハァ テレビも無(ね)エ ラジオも無エ」で始まるローカル色満載の歌詞。「こんな田舎で俺は生まれた。そして田舎が大好きだった」と故郷への思いを詞にぶつけた。

吉さん自身この曲について、「アメリカのヒップホップを参考にした。日本で初めてラップのヒット曲を出したのはオレ」と発言していた。

そして発売から24年も経った2008年、吉幾三の「ラップ」発言は全く世代の違う若者によって正しいと証明される。

2008年4月、吉幾三からIKZOへ

ネット上で『俺ら東京さ行ぐだ』のミックス曲が注目されて始めたのは07年暮れから。歌詞の内容が面白く、どんな曲でもマッチしやすいことがわかったため大量に投稿されるようになっていった。

演歌歌手・吉幾三さんのヒット曲「俺ら東京さ行ぐだ」が、2008年4月頃から、投稿動画サイト「ニコニコ動画」や「ユーチューブ」に大量にアップされるという「異変」が起こっている。宇多田ヒカル、Perfumeらとコラボされ、相当笑える曲が多い。

その他にも・・・

そして今もニコニコ動画「IKZO」ジャンル内で再生数・マイリスト数トップを誇る、CapsuleとDaftpunk,そしてBeastieBoysという3アーティストとのコラボ動画も、この2008年春に投稿された。

そして2008年7月28日

本人が動画を撮り下ろし登場した

ことの発端はニコ動内でIKZOブームが起こった4月にさかのぼる。最初にアクションを起こしたのはドワンゴ側だった。吉さんの事務所を訪れたドワンゴのdwango.jp事業本部事業企画部、田中隆介氏は当時をこう振り返る。
「まず謝りに行きました。吉さんの事務所の方に、ニコニコ動画内でこんなこと(著作権を侵害しつつも一大ブーム)になってしまっていると報告したんです」

「普通、(自分の歌が勝手に使われていたら)怒るんじゃないのかと思いますよね。でも吉さんは、すごい理解を示してくれたんです」
実は吉氏は、このコンテンツ化の話があるまでIKZOブームのことを知らず、実際にニコ動を見てみたという。
「それでも吉さんはニコ動のIKZOについて『若い人の考えることは面白いね』と言ってくれました。『これだけの人たちが楽しんでくれているのはとってもありがたい。どんな形であれ、曲が歌い継がれていることはいい』という感じですね」

それから同年11月11日

「11/11はIKZO生誕祭」の始まり

上記の動画の全貌が明らかとなる

翌2009年11月11日

2009年の生誕祭以降「IKZO」ブームの熱は徐々に冷めていく・・・

が、それでも「IKZO生誕祭」には現れる秀逸なIKZOのラップ動画

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