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【シリア】最悪の独裁者?アサド大統領の意外な生い立ち

地位が人を作るとはよく言ったものですね

更新日: 2015年07月03日

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政治や軍事には関心が無い穏やかな人物だった

幼少の頃に父がクーデターでシリアの全権を掌握するなど、政治は常に身近な所にあったが、兄弟や姉と異なり本人は政治や軍事への関心を欠いた、控えめで穏やかな人間として育ち、父とは政治の話をしたことがなかった

医者を目指してダマスカス大学の医学部を卒業した後、ロンドンに留学して眼科医で研修を積んでいたという経歴だ

出典山本一生編(2013) 『世界の最凶独裁者』 pp30-31 株式会社ダイアプレス

「軍人出身でシリアに独裁政権を樹立した父を持ちながら、幼少期から政治や軍事には無関心。控えめで穏やかな性格だったといいます。20代後半には英国に留学。ロンドンの眼科病院の研修生として、医学の道を志していました」

兄の死 政界へ

故アサド大統領には、力強く彼の後を継げる長男がいた。彼の名はバーセル、映画から出てきたような、マッチョな若者だった

本来、父の後を継ぐのはバッシャールではなく、長男バースィルの予定だった

出典山本一生編(2013) 『世界の最凶独裁者』 pp30-31 株式会社ダイアプレス

しかし、彼は交通事故で死亡した。その後を継いだのが、学者肌の次男バッシャールだった。

急遽、母国に呼び戻され、跡継ぎとして父によって政治の世界に入れられてしまったのである

出典山本一生編(2013) 『世界の最凶独裁者』 pp30-31 株式会社ダイアプレス

彼を待っていたのは、彼が学んだ分野とは程遠い、血なまぐさいシリアの、政治の世界だった。

権力と欲望が渦巻く政治の世界へ…

バッシャールを手ぐすね引いて待っていたのは、バッシャールをおむつをしていた時代から知っている、父の盟友たちであり、そしてその盟友たちの子息たちだった。

盟友たちや彼らの子息たちは、シリアの国内にある権益を、上手に配分し、特権階級を形成していたのだ。

開明的人物だと見られていたのだが…

若く、欧米での教育と生活経験があり、夫人も開明的人物だと見られていた

大統領に就任した際には、欧米流の人権思想を持った開かれた政治家として知られていた。

国際社会は、バッシャール・アサド大統領が伝統的な権力資源の運用を放棄して、合理的改革に着手するだろうとの期待感を持ち続けてきた

バッシャールは大きな波乱なく権力を継承したが、政治的経験がほとんど無いためあまり国政で主導権を握ることはせず、もっぱらハーフェズ時代以来の首脳が政務を行っているのが政権の実態である。

生来の温厚な性格もあって、憲法で承認された絶大な大統領権力は、バッシャール時代になるとあまり行使されなくなった。

「腐敗の一掃と改革」 体制内部の腐敗一掃を訴える

バッシャールは大統領に就任後、みずから新たな閣僚を選任し、「腐敗の一掃と改革」を訴えて、汚職疑惑のあった政府高官を次々と逮捕した

出典山本一生編(2013) 『世界の最凶独裁者』 pp30-31 株式会社ダイアプレス

党や政府の高官が次々と腐敗の容疑で逮捕されていった。これは、体制内部の粛正と腐敗との戦いを進めるバッシャールに対して恐威の念を抱かせるという二重の意味があったとされる。

600人の政治犯を釈放するなど、意外に穏健派らしい側面を見せている

出典山本一生編(2013) 『世界の最凶独裁者』 pp30-31 株式会社ダイアプレス

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