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やっちゃったのね、第二次大戦!

天才鳥類フォーゲル教授が解説するあの戦争の全貌。

更新日: 2019年02月03日

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さて。ここでドイツ、イタリア、日本の三国はひとつに結びついた軍事的単位となった。とにかく、そういうかたちで動けるはずだった。

ところが

1941年6月22日。独ソ双方で数百万もの兵数が対峙するバルト海から黒海にかけての長大な国境線において、ドイツ側は史上例のない規模での軍事侵攻をおこなう。

いわゆるところのバルバロッサ作戦である。
この壮大な企てには、300万ものドイツ将士が動員されたといわれる。
(ちなみに。ナポレオンのロシア遠征に従った軍勢は70万程度)

こんなときに、ソ連を攻める理由があったんですか?

もともとヒトラーはそのつもりでいたんじゃ。ドイツ民族は東欧に勢力を拡張し、ソ連から豊かなウクライナとコーカサスを奪い取って繁栄をもたらす生活圏とせねばならない……独ソ開戦から十数年も前に著した『わが闘争』ですでに明記しておる。

二十年越しの念願を実現じゃな。

でもなぜ、イギリスが屈服するのを待たず開戦したのでしょう? わざわざ敵を増やして、かぎられた国力を別方向に費やすなんて。

「戦力の分散」になって戦術原理に背くんでしょ。

貧すれば鈍すじゃな。財源や資源の不足を戦いで得たもので補っとると、本当に攻めるべき相手がわからなくなる。

しかし奇襲攻撃は大成功で、赤軍は総崩れとなって退却。勢いに乗ったドイツ軍は数ヶ月のうちにソ連領土を侵食していき、レニングラードは包囲状態、穀倉地帯のウクライナを奪い、そしてモスクワ西方四百キロ足らずにあるスモレンスクを陥落させる。

スモレンスク-モスクワ間は、名古屋から東京までの距離しかない。

さらに秋からは、いよいよ敵の首都モスクワへの進撃が始まった。しかし冬に入ると寒波の襲来を受け、ソ連側の頑強な反撃とあいまって独軍の動きは目的地を直前にして膠着状態となる。 pic.twitter.com/oBs5IlGwiN

ソ連側のモスクワ防衛宣伝ポスター。

【日本がソ連に侵攻していたら】

「日本があの時ドイツと協働し、東からソ連を叩けば戦局の決定打になった」とは多くの識者が言うことだ。最近つくられたネットドラマ『高い城の男』でも、日独に世界制覇できたのはモスクワまで進んだドイツと呼応する日本がシベリアに攻め込んでソ連を降したからという設定になっとる。

日本は過去、実際にシベリアに攻め込み広範な地域を占領した事実を知っておるか? 領土への野心があらわ過ぎて列強から抗議を受け撤兵することになりはしたが。

さよう。そのとき一次大戦での敗北と革命による混乱の渦中にあったソ連じゃが、白衛軍との死闘に明け暮れる建国時のもっとも苦しい時期、東西から日本を含む四ヶ国の干渉軍に国土を踏みにじられるという敗亡の危地に陥りながら、なお事態を切り抜けとるからの。

1941年に大日本帝国の軍隊が今一度シベリアに攻め込んでも、ソ連にとってどれほどの痛打であったかは疑問が残る。おそらくは、巨大な関東軍がシベリアに釘付けとなり動きが取れないだけの結果で終わったやもしれん。

この手の仮想ドラマ、仮想戦記は後を絶たずに出るのだが、補給など妥当な軍事設定の無視されたものが多い。

製作はamazon。
第二次大戦に勝利したナチドイツと大日本帝国が支配する世界を描く。

思えば、日本の望んだ対米戦での「短期決戦早期講和」も数多の仮想戦記とおなじほど成功の可能性が乏しかった。それはまさしく、仮想戦記を実現しようとする壮大な試みだったと言ってよい。

先生は、枢軸側の総力を挙げて大英帝国を潰すのがベストとおっしゃったけど。

いかにも。「一時、一所、全力投入」との戦術原則に従い、兵員も弾薬も燃料もすべて、南方での作戦に集中的に活用するのが得策じゃ。だが日本はこのとき、アメリカまで敵に回してしまった。かまわずにおけばよかった相手に喧嘩を売った。

つまり。英国とオランダだけ相手にし、アメリカ抜きでの大東亜戦争をやるべきだったんですね。

日本が蘭印の石油を手に入れ、大英帝国も倒れてしまえば、
アメリカだけでは手も足も出なくなりますものね。

ドイツもソ連で守勢を保って、地中海や北アフリカの対英戦に全力を注ぎ、そしてインド洋で日本と結んでいたならベストよりもさらにベターじゃった。

はじめから対ソ開戦などせずにそれをやってれば、理想の世界戦略じゃ。

すげえ! フォーゲル親父、枢軸側に楽々と勝たせちゃった。

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