1. まとめトップ

本田が背負うミラン背番号10の系譜

セリエAミラン移籍が決定しました本田選手。年俸550万ユーロ(約7億7000万円)で契約期間は3年半。しかも、驚くべきことに背番号はエースナンバー10。ミランの背番号10と言えば、伝説級の選手たちが付けていたもの。そこで、近年のACミラン背番号10の歴代選手をまとめました。

更新日: 2014年01月08日

softoneさん

  • このまとめをはてなブックマークに追加
1 お気に入り 2695 view
お気に入り追加

ACミランで背番号10を背負う事になった本田選手

本田 圭佑(ほんだ けいすけ、1986年6月13日 - )は、大阪府摂津市出身のプロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。日本代表。

日本代表のエースMF本田圭佑(27=CSKAモスクワ)が来年1月にセリエAの名門ACミラン入りすることが11日、決まった。背番号は「10」。なお、契約年数は3年半になる模様。

年俸7億7000万円という破格の条件でミランに迎えられることが12日、分かった。合意している諸条件が判明。

ミランの公式オンラインショップでは、すでに本田のネーム入り、背番号「10」のユニフォームの販売を開始している。

ACミランの歴代10番を確認しとくぜ フリット サビチェビッチ ボバン ルイ・コスタ セードルフ ボアテング 本田圭佑 pic.twitter.com/NvtCi9z8Mr

さっそくユニフォームには予約が殺到しているそうです。

ここ数年幾度となく移籍が噂されていました

【本田圭佑がミラン加入決定!背番号は10!!】 ミランのガッリアーニCEOは10日、日本代表MF本田圭佑が2014年1月3日からチームに加入すると明かした。 ガッリアーニCEOは「 すでに契約を結んでいたが、守秘義務があった」 pic.twitter.com/O4lSITAuRB

今回は、正真正銘の移籍決定。CSKAモスクワも本田選手を大事にしており、契約満了まで手放しませんでした。

ミランの背番号10番

【ミラン10番の歴史】 リベラ フリット サビチェヴィッチ ボバン ルイコスタ セードルフ プリンス・ボアテング 本田圭佑 pic.twitter.com/erHio9sTE1

リベラ フリット→サビチェヴィッチ→ボバン→ルイコスタ→セードルフ→プリンス・ボアテング→本田圭佑。
外国人選手のエース背番号として扱われてきました。

名門クラブにふさわしい名選手が居並ぶ

いわゆるビッグクラブ、名門クラブというクラブの「格」にふさわしく、過去には幾人もの偉大な選手がミランの「10番」を身に纏ってきた。

1. ジャンニ・リヴェラ

在籍:1960~79年

ミランとイタリアを代表する伝説的名手。60年代から70年代にかけて中心選手として活躍し、2度の欧州制覇、3度のスクデットなどチームを数々の栄冠に導いた。69年にはバロンドールを受賞。クラブ歴代4位の658試合出場、歴代3位の164ゴールを記録している。

ミランのみならず、イタリアサッカー界でもレジェンド級の選手。こんな背番号を日本人選手が背負うんです。

2. ルート・フリット

在籍:1987~93年、94~95年

87年に当時世界最高額となる移籍金でミランに加入。
89年にはステアウア・ブカレストとのチャンピオンズカップ決勝で2ゴールを記録してミランを20年ぶりに欧州の頂点に導き、翌年の連覇にも貢献。セリエAでも91-92シーズンの無敗優勝を含む3度のスクデットを獲得している。

当時世界最高額の移籍金で加入した選手です。本田選手への期待も大きい。

3.デヤン・サビチェビッチ

在籍:1992~98年

95年にセリエAの背番号が固定制となって以来のミランの最初の10番。ジェニオ(天才)の異名を取ったユーゴスラビア代表は抜群のテクニックを誇り、多くのファンを魅了した。外国人枠や指揮官との確執に苦しむ時期もあったが、バルセロナを粉砕した94年チャンピオンズカップ決勝でスーパーゴールを決めるなど数々の名場面を残し、ユーゴスラビア代表でも同世代のドラガン・ストイコビッチらとともに伝説的チームの中心を担った。

ミランの伝説チームでも中心の選手だったようです。

4. ズボニミール・ボバン

在籍:1991~2001年

母国クロアチアで若くして頭角を表したボバンは91年にミランに加入。加入当初は外国人枠に苦戦することもあったが徐々に存在感を増し、98年にサビチェビッチから10番を引き継ぐとそのシーズンのスクデット獲得に大きな役割を果たす。旧ユーゴから独立したクロアチア代表でも主力として活躍し、初出場の98年ワールドカップで3位の躍進に貢献。

5. マヌエル・ルイ・コスタ

在籍:2001~06年

1991年地元開催のワールドユースで優勝を果たし、ルイス・フィーゴらと共にポルトガルサッカー黄金世代の中心となった。
ポルトガル代表のエースとしても成長し、1996年のEURO1996ではベスト8、2000年のEURO2000ではベスト4へ導いた。

ポルトガルのファンタジスタ。同僚からも世界一の選手と賞賛されていた。

6. クラレンス・セードルフ

在籍:2002~12年

アヤックス、レアル・マドリー、インテルなど名門クラブでの活躍を経て、02年にインテルからライバルのミランへ移籍。
当初は背番号20をつけたが、ルイ・コスタの退団した06年から10番を引き継いだ。
加入1年目にはチャンピオンズリーグ優勝を果たし、史上初めて3つの異なるクラブで欧州の頂点に立つ選手となる。キャリアで最も長い10年間をこのクラブで過ごし、ミランのクラブ史上最多の試合に出場した外国人選手でもある。

近年のミランの背番号10と言えば、セードルフ。外国人選手で最も長くミランで活躍した選手。

7. ケヴィン=プリンス・ボアテング

1 2





softoneです。ポケモンXY、ウイニングイレブン等のゲーム攻略、スポーツ、芸能などを中心にまとめていきます。是非ご覧になってください。