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ジャニーズの圧力とは何だったのか...三浦大知Mステ初出演に大騒然なわけ

17年にミュージックステーションに「Cry&Fight」で初出演し、その後「IT'S THE RIGHT TIME」「EXCITE」で出演を続けている三浦大知。しかしここまでの道のりは平坦ではなかった…?その裏に噂されるジャニーズの圧力、w-inds.、AAA、Leadの話。20周年目で紅白初出場。

更新日: 2017年11月19日

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▼三浦大知って誰?

今月6日、ソロデビュー11年目にしてMステに初出演する歌手。楽曲制作・振付も手がける。

ライジングプロダクション所属の29歳。

ソロデビュー前は「Folder」のメインボーカルとしてポンキッキーズにもレギュラー出演していた。ソロデビュー以降テレビ出演は多くはないものの、確実な歌唱力、高いダンスパフォーマンス力、そして振付の才能にマツコや藤井フミヤ、北川景子、宇多丸、KREVAなど芸能界にも数多くのファンや支持者を持つ。

初Mステで披露されたのはコチラ▼

Mステ初出演時に披露し、大反響を呼んだ「Cry&Fight」。
「これまでで一番ダンスに特化して、徹底的にダンスにこだわったミュージックビデオ」(三浦)で世界大会での優勝経験を持つs**t kingz含む有名ダンサー13名を率いて「最高難易度」のパフォーマンスを繰り広げた。

「Folder」には今や人気女優の満島ひかりやビビる大木と結婚したAKINAも。

「Folder」のデビュー曲(当時9歳)▼

Folder時代、9歳とは思えない歌唱力とリズム感で「和製マイケル・ジャクソン」「天才少年」を称されていた彼の歌声がこちら。

変声期を理由に「Folder」としての活動を休止後、5年後に「三浦大知」として音楽業界に復活。

全く日本では浸透していなかった約10年前からR&Bを地道に広めてきた歌手の一人。

▼「Mステ初出演」にファン大騒然

ごめんきのう三浦大知はたまたまユーチューブ見てて呟いたんだけどMステ出るの?!?!す、すげええええ!!ついに!!!!ヤッター!!!!日本の才能がついに涙涙

三浦の遂に念願のMステ出演のニュースを今知った…遂に。遂になのか。この日が来たのか…長かった…本当に長かった…もしC&Fを歌うのであればライジング的には革命だなぁこれ…。彼が売れないことは日本の恥だと割と本気で思っているので この機会に沢山の人にあの歌声とダンスを見つけてほしい…

一般の方からしたら「三浦大知?Mステ出るの?ふーん。」って感じだと思いますが、ライジングファンからしたら凄い快挙で。日本の某大手事務所の圧力でTV出演(もちろんMステも)を制限されてきた事務所のアーティストが、数年振りに出演するんです。この辺り、Kぽペンの方なら理解が早いかも?

▼Mステ初登場に隠された『ジャニーズの圧力問題』

ジャニーズ事務所と言えば、「踊る」「歌う」「イケメン」という3拍子のアーティストはジャニーズ事務所以外、TVに出演させないという圧力を持つほど圧倒的な力を持っていたとされる。(深夜帯やローカル番組は例外。例えばw-inds.等も深夜帯やローカルであればTV出演も多かった)

「事務所側も正面切ってはいいませんが、もし事務所を無視して勝手に制作したり、 放映したりした場合は(中略)得意先と契約している同事務所所属タレントをすべて 引き上げる(中略)という無言の圧力を加えることが可能になったのです。 現代のCMで有名タレントは必要不可欠ですから、万一そのような事態になれば、 いち得意先だけでなく代理店の全社的な問題に発展します」

出典『電通と原発報道 巨大広告主と大手広告代理店によるメディア支配の仕組み』亜紀書房

今年1月に解散が報道されお茶の間を騒然とさせたSMAP。その後冠番組のスマスマでなぜか元から事務所に残ることを選択したキムタクを筆頭に「ジャニー社長に感謝の意を表す」謝罪放送が行われ、『中居くんの様子がおかしい』『メンバーの顔が明らかに暗い』『まるで操られ人形』などと物議を醸した。

▼これまでの「ジャニーズ事務所圧力」疑惑まとめ

①Mステ・KinKi Kidsドタキャン事件(1997年)

その年(1997年)の7/21、「KinKi Kids」は待望のデビューを果たし、アルバム、シングル同時デビューという冒険だったにも関わらず、ちょうどCDバブルであったこともあって、記録的なデビューとなった。

その前月の6/11、「DA PUMP」はひっそりとデビューした。しかし、安室、SPEED、MAXと沖縄アクターズブームだったこともあって、非ジャニーズ男性アイドルとしては異例の最高15位を記録し、事件の発生する前月にリリースされた2ndシングルは初登場8位を記録し、テレ朝としても無視出来ない歌手として出演を依頼したのだろう。

テレビ雑誌等では、その週には、DA PUMPのほかに、ジャニーズからはKinKi Kidsの出演予定が発表されていた。しかし、放送当日、KinKi Kidsは出演せず、ジャニーズからは1組も出演しないというMステとしては異例の事態となった。

前後の放送を見ても、当時の放送は通常7組の歌手が出演していたが、その週だけ6組が出演し、ドリカムが2曲披露していることから、そのような事実が本当にあったことが分かるだろう。

この回以前の1997年8月1日にも「Feelin' Good - It's PARADESE -」でMステ出場を果たしていたが、このボイコット事件以降Mステには一度も出演していない。DA PUMPの最も有名な曲であろう「if...」(2000年発売)ですらMステで披露したことはない。

『KinKiの突然の降板は「DA PUMPを出すなら、ウチのタレントは出演させない」というジャニーズ側の意思表示。つまりは、強大な力を背景にテレビ局に圧力をかけるための”恫喝”降板だったのだ。』


『芸能界では男のグループはジャニーズ以外では創れない。創っても潰されるというのが常識になっています。』

②ライジング所属のw-inds.が嵐を凌ぐ勢いでヒット(2001年〜)

出典yaplog.jp

2001年レコード大賞で最優秀新人賞を獲得後、NHK紅白歌合戦の常連となる。

約1年違いで異なる事務所からデビューした嵐とw-inds.。今では「国民的アイドル」と呼ばれる嵐もデビューから数年間は鳴かず飛ばずで売れ悩んでいたことは今では有名なエピソードとなっているが、

ちょうどその頃人気となっていたのがw-inds.なのだ。

ハワイで華々しくデビュー会見を行った嵐。

真偽のほどは定かではないが、嵐の低迷期エピソードの一つとして

「CDが売れなくてポニーキャニオン(レコード会社)はw-inds.を選び嵐を捨てた』」
(※後に嵐はジャニーズの立ち上げた『ジェイ・ストーム』に所属)

というものが語り継がれている。

実際に捨てられたのかはさておき、そのような話が出るほど当時はライジングプロダクションの男性アイドルの人気に火が着き、ジャニーズも内心焦っていたのは確かだろう。

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