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没後20年、今なお人を惹きつける田中角栄の名言と伝説

田中角栄元首相が死去して12月16日でちょうど20年。名言と逸話をまとめました。2013-12-20|石原慎太郎氏が田中角栄元首相の“霊言本”『天才』を執筆?

更新日: 2018年05月02日

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curatorさん

「私が田中角栄だ。小学校高等科卒業である。諸君は日本中の秀才代表であり、財政金融の専門家ぞろいだ。私は素人だが、トゲの多い門松をたくさんくぐってきて、いささか仕事のコツを知っている。・・・・・・一緒に仕事をするには互いによく知り合うことが大切だ。われと思わん者は誰でも遠慮なく大臣室にきてほしい。何でも言ってくれ。上司の許可を得る必要はない。・・・・・・できることはやる。できないことはやらない。しかし、すべての責任はこの田中角栄が背負う。以上。」

昭和39年、44歳で大蔵大臣に就任したさい、大蔵省幹部を前にしての挨拶

大蔵省の役人というのは優秀です。正しいデータさえ入れればちゃんとした結論を出してくる。

田中派時代、派内の若手の議員が女の不始末の清算で、今日中にどうしても100万円が必要ということになった。

その議員は田中のもとに電話をかけ、100万円の借金を申し込んだ。話半分まで聞いていた田中は「わかった」と一言。

30分もすると、田中事務所の秘書が紙袋を届けにきた。その議員が開けてみると、本人が申し込んだ額よりも多いなんと300万円の現金が入っていた。

そして田中の筆による一枚のメモが入っていた。

一、まず100万円でけりをつけろ
二、次の100万円でお前の不始末で苦労したまわりの人たちに、
  うまいものでも食わせてやれ
三、次の100万円は万一の場合のために持っておけ
四、以上の300万円の全額、返済は無用である。

その若手議員は、涙しながらそのメモを読んだ。

約束したら、必ず果たせ。できない約束はするな。 ヘビの生殺しはするな。借りた金は忘れるな。 貸した金は忘れろ

休日の東京・目白の田中邸には朝から各界、各層の陳情客が100人単位で列をなしていたというが、田中は一人一人順番に陳情の内容を聞き「よし分かった」「それは出来る」「それは出来ない」とその場で陳情をさばいていった。田中が「分かった」と言ったものに関しては100%実行されたという。

「人間は、やっぱり出来損ないだ。みんな失敗もする。その出来損ないの人間そのままを愛せるかどうかなんだ。政治家を志す人間は、人を愛さなきゃダメだ。東大を出た頭のいい奴はみんな、あるべき姿を愛そうとするから、現実の人間を軽蔑してしまう。それが大衆軽視につながる。それではダメなんだ。そこの八百屋のおっちゃん、おばちゃん、その人たちをそのままで愛さなきゃならない。そこにしか政治はないんだ。政治の原点はそこにあるんだ。」

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