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丙午(ひのえうま)の迷信 とは?

午年産まれの日本人は、十二支の中で最も少ないのです(十二支で最少の958万人)。その理由とは? まとめてみました。 丙午/八百屋お七

更新日: 2015年01月26日

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このように、日本の人口中、午年の人間は最も少ないことが見て取れます。
どうやら「丙午(ひのえうま)」というものが原因のようですね。

丙午(ひのえうま)とは?

西暦年を60で割って46が余る年が丙午の年となる。

つまり、前回の丙午は1966年ということになりますね。
次回は、2026年です。

「ひのえうま産まれの女の人は、気性が強く、夫を殺すことがある」

伝説の発端は、江戸時代、八百屋お七の放火事件です。
1681年、火災の避難場所で出逢った男性と恋に落ちた、
八百屋の娘お七は、ふたたび会いたければ、また火事になればよいと、
火事場泥棒にそそのかされて、放火してしまいます。
お七はこのとき16歳で、1666年産まれのひのえうま、
それで、ひのえうまの女性は、気性が激しいとなったのでしょう。

丙午(ひのえうま)に関する統計を見てみましょう。

目に見えて出生率が少ない(前後の年より、人口1000人あたりの出生数が5人ほど少ない)ですね。
それと同時に気になることもあります。

丙午(ひのえうま)は出生率が低く、乳児死亡率が高い?

出生率が低い→迷信を恐れ産み控えしている。これは分かりましたが、同時に、乳児死亡率が高いのは何故でしょうか?
まさかとは思いますが、丙午の呪いなのでしょうか……?

乳児死亡率は一般に(ある年の乳児死亡数)/(その年の出生数)として算出される。
しかし、この算出方法による乳児死亡率は、厳密にいえば乳児死亡の正確な危険度をあらわしているとはいえない。
真の危険度を示すためには、分母は分子の母集団と一致していることが必要であるが、前記の算出方法はこの条件を満たしていないからである。
乳児死亡とは出生後1年未満の死亡であるから、出生直後の死亡から生後1年近いものまで含まれている。
例えば、ある年の5月における乳児死亡については考えてみると、月令3ヵ月以前の乳児死亡はこの年の出生であるが、月令5ヵ月以後はすべて前年の出生である。
月令4ヵ月の乳児死亡には、この年の出生と前年の出生の両方の可能性がある。
この場合、年次別に死亡率を計算する場合の分母を年間の出生数とすると、月令3ヵ月以前の乳児死亡はこの年の出生が母集団となるが、月令4ヵ月の一部と月令5ヵ月以後の乳児死亡は前年の出生が母集団であり、死亡数の出生数である分母とは一致しない。

つまり……。

要するに丙午の年の乳児死亡実数に前年生まれの乳児の死亡が含まれてしまうことが、見かけ上の乳児死亡率の増加をもたらしているわけだ。
ちなみに丙午の翌年、昭和42年の乳児死亡実数には丙午生まれの乳児の死亡が含まれるため、乳児死亡率は見かけ上減少する。
乳児死亡率のグラフを再び見て欲しい。丙午による乳児死亡率の見かけ上の変動が影響している年が、丙午とその翌年であるのがわかるだろう。

なるほど!
丙午における乳児死亡率は単なる統計上のまやかしに過ぎないようです。
丙午の呪いのせいで乳児が死亡してしまう……なんてことはありえないということですね。

ところで、次の丙午は、2026年になります。
果たして、2026年には出産数が前回のように激減してしまうのでしょうか?
それとも、丙午の迷信は既に忘れ去られている世代となるのでしょうか?

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