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チベット密教にかんしてまとめてみた

チベット密教が、なかなか分かりづらいのでまとめてみました。

更新日: 2014年01月11日

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この記事は私がまとめました

中央アジアで千数百年の歴史を持つチベット密教---ヒマラヤ山地の高度4000メートル級という厳しい自然環境の中で生まれ育ってきたチベット密教は20世紀の今なお、昔からの呪術的な密教法具による鬼神・悪霊退散の呪法が続けられ、細密マンダラの瞑想法による超能力の開発や治病・健康長寿のための薬草薬石療法が行われています。もちろん、大自然の天災から身を守るため、ラマ僧たちによる特別な祈祷や呪法も行われてはいますが、このようなチベット密教の秘儀の数多くは近代科学が進んだ西欧人から見ると、単に神秘的で呪術的な要素の強い、まことに非科学的な古い宗教のひとつだ、と思われてきたのです。

チベット密教の歴史をたどってみると、古くは紀元前の時代、チベットではボン教(自然界の精霊崇拝)が信仰され、薬草本草や鉱石薬調合法の医学体系がすでに確立されていました。その後4世紀になって、インドから仏教(大乗仏教)やヨガ密教が伝えられると、やがてインド仏教を主体として、ヒンズー教やゾロアスター教・バラモン教などの一部を取り入れながら、6世紀頃に独特なチベット密教が成立したと言われています。

そして7世紀頃、チベット密教は中国に伝えられ、9世紀には日本の空海が中国に渡って、その当時、唐の都に住んでいたラマ寺院の高僧・恵果よりチベット密教の奥義を授けられました。空海は、両界マンダラや密教経典・法具などを日本に持ち帰りましたが、その後も多くの僧侶たちによって法具の利用法が伝授され、もっぱら三密加持祈祷や護摩供養に利用、実践された結果、驚くべき効用があったそうです。しかし、残念ながら密教法具の利用法は、特定の僧侶や修験道士のみに伝授され、長い間、秘密のベールに隠されたまま一般の人々に公開されることなく、今日にいたっているのです。

ところが1980年代になって、チベット密教がヨーロッパにおいてにわかに新しい脚光を集めることになったのです。それまでも欧米においてインドのヨガ密教や日本の座禅が東洋の神秘主義としてもてはやされていましたが、特にチベット密教が注目されだしたのは、チベットのダライ・ラマ法王がノーベル平和賞を授与されたことが、ひとつの転機だったように思われます。最初にヨーロッパの人々が注目したのは、チベットの細密マンダラでした。それは、単なる仏教絵画や精神的なよりどころとしてのものではなく、マンダラを目前にして瞑想を行う事によって、人間誰もが本来もっている潜在能力や超能力を開発する最高の方法であることが、次々と明らかになったからです。たとえばこのマンダラ瞑想法により、ノイローゼの人々の回復が驚くほど早まったり、コンピュータ技師や設計士、脳外科医、デザイナーなどの精神的な疲労回復が速やかになり、しかもアイデアがどんどんわきだして、仕事の能力が高まることが分かったのです。

仏陀の境地を速やかに達成するための特別な方便として、各宗派においてインド後期密教の流れを汲む無上ヨーガ・タントラの実践が行われている。一般的に新訳派では無上ヨーガ・タントラを、本尊の観想を中心とした生起次第を重視する父タントラ、身体修練によって空性大楽の獲得を目指す究竟次第を重視する母タントラ、それらを不可分に実践する不ニタントラの三段階に分類する。密教の最奥義に相当するものにはニンマ派のゾクチェン、サキャ派のラムデ、カギュ派のマハームドラーなどがあり、各派に思想的特徴が見られる。 これら顕密併習の修道論として、最大宗派のゲルク派にはツォンカパの著した『菩提道次第(ラムリム)』と『秘密道次第論(ンガクリム)』があるが、各宗派においてもそれらとほぼ同種の修道論が多数著されている。

無上ヨーガ・タントラの実践においては、タントラ文献の記述や後述の歓喜仏のイメージなどから、一部でセックスを修行に取り入れているという道徳的観点からの批判もあるが、これは在家密教修行者集団内でのことである。中世にはカダム派(英語版)を中心とした出家者集団の復興が行われて以降、性的実践を行なわずに密教を修行する傾向が強まった(後述)。その影響が各派に及び、現在の出家僧団においてはあくまで観念上の教義として昇華され、なおかつ一般の修行と教学を修得した者のみに開示される秘法とされた。このような呪術的、性的な要素については、出家僧団内においては実際的な行法としては禁止されたものの、その背景にある深遠な哲学自体は認められたため、教学および象徴的造形としては残されたということに留意すべきである。現在では顕教を重視するゲルク派が最大宗派となっていることからも、全体として密教的な修行法よりも、「教理問答」のような言語的コミュニケーションと、仏教教学の厳密な履修が重要視される傾向が高まっているといえる。

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