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多摩全域の話

更新日: 2014年08月08日

mkijiさん

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多摩地域

・日本は47都道府県、東京区内は23区、多摩地域の市町村は30市町村。
・最も早くに市になったのは八王子市で1917年。最も新しい市は2001年で西東京市です。
・東西に広がる東京都の中で23区を除く西側の多摩地域には、古くは航空機産業が発展して、
 多くの「もの作り企業」が生まれてきました。
・現在はIT、エレクトロニクス、バイオをはじめ、航空機産業は宇宙産業へと発展し、
 計測機器、光学機器、食品、印刷にいたる実に多様な製造業が存在します。また、
 多摩には、大学や企業の研究機関が多く立地しているのも大きな特徴で、その利点を
 生かして盛んに産学連携が行われてきました。
・多摩地域が生み出す工業製品出荷額は、東京都全体の8兆236億円のうちの半分以上、
 53%になり(工業統計、2009年調査)、埼玉県の南部と神奈川県の北部東部を加えた、
 いわゆる広域多摩まで範囲を広げると、11兆1465億円(2008年度)に及びます。
・社団法人首都圏産業活性化協会は、広域多摩をTAMA--Technology Advanced Metroporitan
 Area:技術先進首都圏地域と名付け、自らも準正式名としてTAMA産業活性化協会と名乗り
 ながら、この地域を世界有数の新規産業創造の地として発展させようとしています。
・武蔵野の秋月―見渡す限りの萱や芒の原。ところどころにある村落と雑木林。秋から冬に
 かけての風物が、最も武蔵野らしい姿を見せる、とは昔の文人の言葉だが、秋の冴え渡った
 月光の下の、このあたりの風情は詩歌などにもいろいろと採り上げられている。
・「多摩が今の東京を創造した」と言ったら誰もが驚くであろう。しかしかつて多摩には、
 武蔵の国の国府が置かれ、八王子城が築かれ、新撰組の近藤勇や土方歳三が生まれ、
 まさに政治、経済、文化の中心が多摩であった。
・東京西部に工場群が増えたのは、一つは国策だったといえる。戦時中に、戦災を避ける
 ために、京浜地区から大工場が移転してきた。いわゆる日野五社といわれる日野自動車、
 小西六、オリエント時計、富士電機、神鋼電機である。このうちの神鋼電機以外は現在でも
 操業している。それ以外に大きな役割を果たしたのが戦前から武蔵野市を中心に立地して
 いた中島飛行機である。これは荻窪に航空部隊があったためにここに工場を建てたのだが、
 三鷹に技術研究所、立川に分工場があった。
・航空機の技術レベルは他産業よりも精密で高い。この中島飛行機の技術者が三鷹周辺に
 居住し、戦後は独立したり、他企業に就職したりするなど、技術者の蓄積がこの周辺に
 生まれた。そうした技術基盤があったことが、高度成長期になって、工場を引き寄せた
 要因ともなっている。
・まず、掘ればいろいろ出土してくるように、歴史的に重要な土地柄だった。そして先端的な
 企業がゴロゴロある。こうした多摩の魅力を大学人も企業人もそろって掘りだして、
 協力しよう。そして人のネットワークを作ろう。そこから新しいことを生み出していこう
 というわけです。
・お互いを知ろうという気運が芽生えてきた。そこに大きな役割を果たしたのが、多摩川流域
 テクノルネサンス研究会である。「私たちは、多摩の中に大学を建て、学生たちに教え、
 研究活動をしている。それが、大学という塀の中だけに閉じこもってちゃいかんですね。
 開かれた大学を目指そうと考えています。多摩というところは、開かれた大学活動をする
 には、非常に魅力あるところですよ。
・多摩は紛れもなく東京である。れっきとした東京都の構成員であり、都全体の面積のおよそ
 2分の1、人口の3分の1を占める一大圏域をなしている。にも関わらず、かつて神奈川県から
 東京府へ移管したという歴史的経緯も作用して、いわゆる23区とは異なる位置づけが
 なされてきた。
・多摩のライフスタイルを左右する3つの軸がある。
1.一つは、時間軸であり、どういう生活時間の使い方をするかという点だ。これは基本的に、
  職場と住居の距離に規定される。多摩地域内で職住近接の条件をどれくらい実現できるか
  によって、ライフスタイルは大きく変わることは、いうまでもない。
2.二つ目は、空間軸だ。車型社会に適応し、しかも自然にアクセスしやすい空間を、どう整備
  できるかという点である。
3.三番目は、価値軸の問題で、これは前の二つの問題をも含む大きな要因である。経済から
  生活の質へ―という転回点にありそうだが、それがどういうものかは、いまだ獏としている。

多摩地域の人口

・多摩地区の人口は1960年に100万人、71年に200万人、81年には300万人を突破して
 いる。ほぼ10年ごとに100万人という恐ろしいほどの人口増加のスピードであった。
・東京都の人口の約3分の1にあたる400万人が暮らす多摩地域。
・多摩地域の人口は2015年~2018年をピークに減少傾向となると言われている。この地域でも生産年齢人口は減少し、高齢者の割合が確実に増え、東京都内とはいえ地方と同様の傾向になっていく。
・そのうち人口が1番多いのは八王子市。21の大学があり、約55万人が暮らす多摩地域の中核都市となっています。

1.八王子市 約55万人
2.町田市 約42万人

■人となり
・大学の地域化には熱心だ。講座を開設したり、地域のカルチャーセンターとしての機能を、
 地元の人々に享受してもらおうという試みを多くしている。特に年に数回、音楽
 コンサートを大学ホールで開催している。「実は、こういう素晴らしい演奏会をやって
 くれて…と地元からも感謝されるだけでなく、演奏家の方々からも感謝されるんですよ。
 切符を申し込むのは子供さんを連れた家族づれが大変多い。そこで最初演奏家の皆さんは
 びっくりする。こんなに子供が多くてうるさい会場ではとても演奏ができないと怒って
 帰ろうとする人たちもいる。日本では子供たちがピアノやバイオリンを習っているし、
 決してうるさい観衆ではない。始まれば静かになると説得して、30分も遅れて始めたことも
 あります。実際に始まってみると、静かだし、熱心だし、音楽をよくわかっている。
 信じられないほどいい聴衆だと、最後には感動して帰る。つまり、多摩の観客というのは
 質が高いんですよ。
・やり方が紳士的でこちらに恥をかかせない。しかも業者としてやったんじゃない。子供の
 親としてかかわったまでだ。そこで親として最高のレベルの知識や情報を教えましょうと
 いうわけです。これはかなり特殊な例かもしれません。しかし、多摩には大学の先生、
 企業のトップやエリートなど、相当なレベルの方がいらっしゃる。そういう住民の成熟度
 みたいな話に、まだ、行政は十分に気が付いていないのじゃないか。いつまでも地域ボスや
 問題を起こす住民としか接触がないと、どこかズレてきてしまうんじゃないかと思いましたね。
・このようなビジネスとボランティアの中間領域の仕事を、ビジランティアと呼ぶ場合もある。
 あるいは、第三の働き方ともいう。パートも含めて企業に雇用されるというのでもなく、
 完全な自由業というのでもない。集団で、いつも仕事の中身や範囲を探りつつ、比較的
 自由で自主的なネットワークスタイルの中で、仕事をこなしていく。 このような働き方は、
 特に多摩らしい働き方だと女性のワークスタイルやネットワークの調査をしている渡辺
 まゆみさんは言う。
・多摩では専業主婦が多くて、比較的高学歴で、知識も情報も持っている。もう少し収入を
 増やしたいと思っても、フルタイムで企業に拘束されるのは、やりきれない。自分の興味を
 生かせて、おもしろみがあって、しかも収入があることを、仲間でやってみたい。また、
 今の世の中は、そうした要求にあてはまるようなスキマの仕事がある。しかも男の人が
 気がつかないし、まさかそんなことが仕事になるのかと思っているようなことでも、女性の
 いわば向こうみずと愛嬌で、意外と新領域を切り拓いてしまう。そういう第三の働き方。
・「金妻シリーズ」は、ホームドラマのお定まりのパターンを打ち破った。登場するのは、
 30代から40代の核家族である。中には子供のいないDINKSもいる。これらの数組の夫婦は、
 単なる隣近所のつき合いというわけではなく、妻や夫の友達という関係でつながっている。
 地縁というよりも、知縁社会の人間関係だ。
・なんらかの地域活動に関わっている妻の率が高い。先ほどの多摩ニュータウンの調査でも、
 無職の妻の平日の社会的文化的時間は、平均5時間13分あるという結果が出ている。この地域
 活動の代表的なものが、生協活動である。それまで培ってきた人生観や価値観を発散する
 場として、生協を見出したといったケースが多い。
・生活時間調査でいえば、通勤時間の短い職住近接の夫は、家族と一緒に過ごす時間や、地域
 活動に割く時間が平均より長い。もっともこれは当たり前のことだが。だから、長時間通勤
 というスタイルが変えられれば、夫たちも"会社の仕事"とは別の時間を持つことができるのだ
 といえる。これは別の言い方をすれば、会社を第一義に考えていない夫たちが、職住近接を
 選んでいるということを意味するのかもしれない。

・"子供のため"は、多摩の家族の金科玉条である。長い通勤時間も、子供のために我慢を
 強いられているのである。しかしこれが先の生活時間にも触れたように、父親が家族と接触
 できる時間が縮められ、母子で過ごす時間が長くなり、母親の子供への関心をますます肥大化
 させるという結果にもつながるのである。

■方言
・五日市の山の奥まで行ってきたんです。なんじゃもんじゃというのは黒文字のことです。
 爪楊枝をつくる木です。いい匂いがします。日かげでも成長します。このへんでは黒文字の
 ことを、なんじゃもんじゃというのです。

多摩地域の面積

多摩地域で一番広い自治体は「奥多摩町」で東京都の10分の1に当たる225.63平方キロメートルです。

1.奥多摩町 225.63平方km
2.八王子市 186.31平方km
3.檜原村 105.42平方km
4.青梅市

多摩地域の公共施設について

■役所標高
1.奥多摩町 328m
2.檜原村 254m

■ハコもの
・住民はハコものを要求し、行政はその建設をもって、地域行政の良し悪しが問われる時代で
 あったといえる。施設建設の中でも多摩で充実していたのは、図書館と公民館である。
 図書館は、1人当たりの蔵書数という点では日本一のレベルである。数だけでなく、ソフトも
 充実している。

多摩の地域活動

■自由民権運動
・社倉政策は農民にとって増税以外の何物でもなかった。門訴を決行した12村の新田とは
 現在の武蔵野、保谷、小平、小金井、国分寺、東久留米の6市にまたがる地域である。
 もともと水利が悪く江戸末期でも食うや食わずの生活だった。農民たちが期待をかけた
 「御一新」も彼らの飢えを満たすことなく、その上の増税政策である。もはや門訴にすがる
 以外に道はなかった。
・深夜であった。門内に入っては強訴になってしまう。続々と県庁に到着した農民たちは
 門外で切々と慈悲を訴えた。と、そのとき堅く閉ざされた門がさっと開かれ、抜刀した
 兵士が切りかかり、大砲までが持ち出された。多数の農民が傷つき、50人以上が召し
 捕えられた。この御門訴事件の恨みが、北多摩一部の農民を反政府的な自由民権運動へと
 駆り立てることになった。
・自由民権の運動が隆起した背景には、時代の最先端都市横浜と直結していたという多摩地域の
 経済的・地理的位置づけが大きい。多摩地域には、それだけ独自の歴史的・文化的基盤が
 あったということだろう。以来、多摩地域にはさまざまな地域活動が展開されている。自由
 民権の運動が形を変えて花開いたともいわれる大正デモクラシー時代の草の根民衆運動。
 あるいは幅広い社会活動となった農民運動。そして東京府への行政移管や軍事基地をめぐる
 運動など時代時代の課題によって特徴ある地域活動が活発に行われている。

多摩のエネルギー活用

■多摩循環型エネルギー協会 http://tama-enekyo.org/

武蔵野台地

関東地方はたくさんの火山に囲まれた地形です。その中でも関東ローム層に覆われる武蔵野台地は、主に富士山と箱根山の火山灰が蓄積しています。

日本一の巨樹地帯

2001年に環境省が行った全国巨樹調査で891本の巨樹(地上から130cmの位置で幹周が300cm以上)が確認されています。

米軍基地

・福生市、瑞穂町、武蔵村山市、羽村市、立川市、昭島市にまたがる横田基地はアメリカの空軍基地となっており、在日米軍司令部が置かれています。

・なお、立川基地は1977(昭和52)年に日本に全面返還されました。

多摩だるま

武蔵野武士団

■武蔵七党
・武蔵野武士団というと有名なのが武蔵七党である。武蔵七党の数え方にも諸説があるが、
 野与、村山、横山、猪俣、児玉、丹、西の七つが一般的である。特に西党は多摩川、浅川、
 秋川流域に集中していた。西党の一門は平山、小川、小宮、河口、二宮、由比、由木、
 長沼、立河、狛江、中野など今でも地名を残している。

■天然理心流
・幕末、後に新選組の局長となる近藤勇や、副長となる土方歳三が修めた武術の流派で、
 ペリー来航による沿岸防備や治安の悪化などに備えて多摩地域では天然理心流を習うことが
 農民の間に広まりました。

タマケン -多摩・武蔵野検定-

・多摩・武蔵野地域は首都東京のベットタウンという印象が強いですが、大学の立地数は東京圏の20%を占め、世界に冠たる先端企業が多く立地するなど、優秀な人材を有するユニークなエリアです。

・多摩・武蔵野検定は、そんな人材の宝庫である多摩、武蔵野の未来を切り開きます。検定を通じて多摩・武蔵野を知り、地域に対する愛情と誇りを醸成していくことで地域活性化につながる「多摩・武蔵野が大好き」といえる人間を一人でも多く育てる『地域づくり・人材づくり』を目標とした検定試験です。

多摩全域の情報発信

■東京にしがわ大学 http://www.tokyo-nishigawa.net/
・2010年10月9日に開校。累計 約2,800名の生徒登録。
■西多摩マルかじり http://urx.nu/asRn
■東京ウェッサイ http://www.tokyowestside.jp/
■ネットワーク多摩 http://nw-tama.jp/

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多摩と自転車と読書が好きな立川在住34才のまちづくりコーディネーター。出会ってきた人たちと過ごす日々を大事に、自然に暮らしていきたいなと思う今日この頃です。