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リレハンメルの悲劇から20年…"レジェンド"葛西紀明の生き様

ソチ冬季五輪のスキージャンプ男子で7大会連続の代表となった41歳、葛西紀明。海外から"レジェンド(伝説)"とまで称賛される男は、世界大会の活躍とは裏腹に、「五輪」では怪我、悲劇に見舞われていた。あなたは"リレハンメルの悲劇"をご存じだろうか?あれから20年、ついに花開くときがきた!頑張れ!葛西選手!

更新日: 2014年02月17日

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aik819さん

"レジェンド" 葛西 紀明(かさい のりあき) 41歳

1992年のアルベールビルオリンピックに19歳で初出場。以来、リレハンメル、長野、ソルトレイクシティ、トリノ、バンクーバーと史上最多計6回の冬季オリンピックに出場したスキージャンプ選手。

ソチ冬季五輪にも代表選出。五輪は7回連続7回目の出場。

41歳でのオリンピックであり、実に7度目の選出である。冬季五輪では世界でも史上最多出場となる。初めて出場した'92年の五輪から数えて22年もの間、第一線にいる。

海外では"レジェンド(伝説)"と尊敬を集める存在にもかかわらず、国内の認知度は低い…

世界選手権では'99年から'09年の大会までの間に、銀2、銅4のメダルを手にしている。ワールドカップでは船木和喜と並び日本最多タイの15勝である。(注*1月12日に16勝目をあげ、勝利数で日本のジャンプの選手で単独最多となる。)

スキー板よりも身体が前に出た深い前傾姿勢で飛ぶ姿は、観戦する者には恐ろしくもあり、勇敢に映った。

海外では尊敬を集める存在だ。だが国内では認知度において、第一線で活躍してきた他の選手と比べて低い面があるのは否めない。

なぜ認知度が低いのか?それは五輪で"金"をとっていないから。

日本国内ではレコードを大幅に更新するなど圧倒的な成績を残したが、'94年のリレハンメルオリンピックでは団体戦での銀メダルのみだった。オリンピックで葛西が獲得したメダルはこの団体"銀"メダルのみである。

あまりにも印象が強い感動の"長野の金"

長野オリンピックでのスキージャンプラージヒル団体金メダルは、国民に強い印象を残している。

岡部孝信/斎藤浩哉/原田雅彦/船木和喜

この場に"葛西紀明"の名前はなかった…

1998年の長野オリンピックは12月に左足首を捻挫した影響もあって個人ノーマルヒルで7位に入賞したのみだった。

それから『4年前』のリレハンメル五輪。団体に葛西紀明は出場、金メダルは目の前だった。

オリンピックの名場面といえば、94年のリレハンメルでの葛西の落胆と、原田の号泣である。

リレハンメルオリンピック・ジャンプ団体で7人が飛び、よほどの大失敗ジャンプでもない限り金メダルが確定している場面で原田は最後の一本を飛ぶことになった。

そこで"悲劇"は起こった…

105m以上飛べば日本の優勝が決まるはずであったが・・・まさかの97.5mに終わり、銀メダルとなった。

結果が出た瞬間、原田はテレビ画面から消えた。
もう申し訳なくて仕方なかっただろう。
金メダルが確実ともいわれた中、
素人並の低レベルのジャンプに終わり、
金メダルが去っていった。

葛西の顔は引きつって、落胆し、
原田の顔は号泣に変わった。
もはや、もう誰も声さえかけようが無い。
原田だって頑張っている事は、誰でも分かること、
でも結果として大失敗のジャンプしか出来ず、銀メダルに終わった。

謝っても、誰も許せないかもしれない。
葛西は、原田に悪いと思いつつも、落胆するしかない。
原田は目が血走って、泣くしかない。

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