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ホテルルワンダの悲劇から約20年奇跡の復興を遂げつつあるアフリカのルワンダ

アフリカのルワンダで起きた悲劇から約20年彼らはアフリカの奇跡と言われるまでの復興を遂げていた。

更新日: 2014年03月08日

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francescさん

1994年にルワンダで起きた悲劇を描いたホテルルワンダ

1994年、ルワンダ。この国では長年、フツ族とツチ族が敵対しあっていた。そしてついに大統領の暗殺を機に、フツ族民兵によるツチ族の虐殺が始まった。高級ホテル、ミル・コリンの支配人ポール(ドン・チードル)はフツ族だが妻のタチアナ(ソフィー・オコネドー)はツチ族だった。自分の家族と隣人たちを救うため兵士たちと取引をしたポールはどうにか事なきを得たが、全員ミル・コリンに閉じ込められてしまう

ツチ族とフツ族はもともと言語も同じで、遊牧民族である前者と農耕民族である後者の違いが、貧富の差を生み、階層を作っていたにすぎなかった。 ツチ族の所有する牛は豊かな階層のシンボルとなっていたが、フツ族でも豊かになって牛を手に入れればツチ族とみなされたということだ。

 ところがそこに植民地支配者がやってきて神話を広めた。その神話では、ツチ族は北のエチオピアからやって来た黒いアーリア人であり、よりヨーロッパ人に近い高貴な民族であるのに対し、 フツ族は下等な野蛮人とみなされた

そのルワンダが奇跡の復活を遂げようとしている

今、人気なのが「秘境ツアー」。中でもアフリカ・ルワンダのゴリラツアーが沸騰している。ルワンダと言えば、民族対立で100万人が虐殺された悲劇の国。しかしあれから20年、奇跡の復興を遂げていた。なぜ、そんな奇跡が起こったのか?
またルワンダには、最高のコーヒーを求めて世界中を渡り歩く世界屈指の「コーヒーハンター」と呼ばれる日本人・川島良彰さんの姿があった。

ルワンダの復興

「あれは7歳のときでした。母から絶対に外へ出ないように言われ、家の中で息を潜めていたのを覚えています。暮らしていた首都キガリを出て、難民キャンプへも行きました……」駐日ルワンダ共和国大使館に勤めるサムエル・ビゲンベ・イマニシムエさんは当時をそう追憶する。

アジア経済研究所の平野克己上席主任調査研究員は「ルワンダの成長はポール・カガメ現大統領(56)の強烈なリーダーシップなくして語れません」と話す。カガメ大統領は虐殺されたツチ族の出身で2000年に大統領に就任した。IT立国化を掲げ、国中に光ファイバーを敷設。教育にも力を注いだ。インフラ整備、公社の民営化、女性の活用も推し進め、主要産業である農業の近代化にも成功した。

 「良い計画は誰でも立てられますがそれを実行に移すことは難しい。ルワンダでは大臣、知事クラスにも成果主義を導入しており、結果が残せなければ次々に入れ替わっていきます」。チャールズ・ムリガンデ駐日ルワンダ大使が教えてくれた。毎年、日本の県に相当する郡の成績が点数化されて公表される。その成績が知事のその後を決めるという。

ルワンダの情報

産業や名産

観光のなかでもマウンテンゴリラのツアーは人気が高い

ルワンダのコーヒー

同国の主要な輸出品目の一つはコーヒー。総輸出額の約25パーセントを占めている。ジャマイカのブルーマウンテンやタンザニアのキリマンジャロなどに比べると日本での知名度は低いが、最高品質の「スペシャルティーコーヒー」の産地として注目を浴びている。JICAはルワンダのコーヒー産業強化の可能性を探るべく、今年3月から基礎情報収集・確認調査を行っている。調査には、まだ世に出ていないコーヒーを探し世界中を飛び回る、日本のコーヒー業界の第一人者、「コーヒーハンター」ホセ川島こと、株式会社ミカフェートの川島良彰氏も参加した(注)。

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