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戦没者追悼のかたち~英国の例~ ("Lest we forget")

「英国(イギリス)」は、一時期は「日が沈まない」と形容されたほど全世界規模に拡大した大帝国でした。その国家元首(現在はエリザベス女王)はイングランド国教会という宗派のトップでもあります。その英国での戦没者追悼のあり方について、事実と歴史的経緯の整理を。

更新日: 2014年11月10日

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nofrillsさん

【英国】木村正人の英国ニュースの行間を読め! 「第32回 靖国と英国の追悼施設セノタフの違いとは」- 英国の戦没者追悼施設はご存知の通り、ホワイトホール街にそびえ立つ高さ約10メートルの記念碑「セノタフ」... fb.me/1O7P3R9x6

今年は第一次大戦の開戦からちょうど100周年。英国の戦没者追悼施設はご存知の通り、ホワイトホール街にそびえ立つ高さ約10メートルの記念碑「セノタフ」である。毎年11月11日(第一次大戦の休戦記念日)に最も近い日曜日の午前11時、ビッグ・ベンの打鐘と空砲に合わせて2分間沈黙し、エリザベス女王から順に参列者がヒナゲシを模した花輪をセノタフに手向ける。

その歴史を振り返ると、靖国との違いが明確に浮かび上がる。そして、中国や韓国にとどまらず、英国や米国からも首相の靖国参拝に拒否反応が示される理由がよく分かる。

木村正人さん(元産経新聞ロンドン支局長)による解説記事。

(セノタフはロンドンのあれだけじゃなく、いくつもの都市にあります。英国の「戦没者追悼施設」はトニー・ブレア政権下のミレニアム事業でスタフォードシャーに作られた森林公園 National Memorial Arboretum も。小菅信子先生の『ポピーと桜』など参照)

このご著書については:

【訃報】第二次大戦でビルマで戦い、特に日英間の和解に尽力したフィリップ・メイリンズさん
http://matome.naver.jp/odai/2133536502530808301

英国には、「セノタフ(=空っぽの墓の意)」がたくさん、たくさんあります。学校、企業、教会、自治体、その他もろもろ、民間の発意でたてられ始めます。 当時の英国には、身元のわかった遺骨を本国に帰還させる習慣はなく、海外の英連邦戦争墓地に埋葬されたので、お墓を郷里に建てられなかった。①

"Cenotaph Hiroshima" で画像検索してみてください。よく「わかる」と思います。(なぜ「セノタフ」が千鳥ヶ淵なのかも。)

コモンウェルス(英連邦)戦争墓地委員会
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%82%B9%E6%88%A6%E4%BA%89%E5%A2%93%E5%9C%B0%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A

フランスのアラス (Arras) にあるThiepval Memorialの無名戦士の墓地。1918年の休戦協定から90年を迎える2008年11月4日撮影。

「コモンウェルス戦争墓地委員会はベルギーとフランスで956か所の墓地を管理している」とキャプションにあります。ベルギー、フランスは第一次大戦でも第二次大戦でも戦場となりました。

2007年8月30日、ラグビーの国際試合のためフランスを訪れているオーストラリア代表(ワラビーズ)が、アミアンにあるオーストラリアン・ナショナル・メモリアルを訪れたときの一枚。

がいして、第一次世界大戦の頃の話です。郷里にお墓がないわけですから、では追悼式をそれぞれの集団でやろうとしても、みんなで追悼する「場」がなかったんですね。 それはもうたくさんの戦死者を出した戦争ですから、各自治体・企業・学校が、戦死者の遺族、知人・友人・隣人のコミュニティに。②

街のサッカークラブの選手とファンが志願して一つの連隊に入隊して、それで最前線に……ということもありました。それまで「サッカーのクラブと、そのクラブのサポーター」というコミュニティだったものが、「戦友たち」のコミュニティになったわけです。

そこで、それぞれの学校、企業、協会、自治体などが寄付を集めて、「セノタフ」それぞれつくって、追悼式をするようになります。遺児のための基金ができることもありましたし、建築デザイナーが無料奉仕をすることもありました。③

以下、「NAVERまとめ」で使えるFlickrの検索機能で、Cenotaph -Londonで検索して出てきた写真(クリエイティヴ・コモンズの「継承」ライセンス)からいくつか。

これはイングランド北部の大都市、リーズのセノタフ。戦没者追悼の日(レッド・ポピー・デイ)の式典の直後の撮影と思われます。(普段は献花は特にないはず。)

マンチェスターは、セント・ピーターズ・スクエアにあるそうです。撮影は11月23日、レッド・ポピー・デイの2週間ほど後。

これはイングランド南西部の大都市、ブリストルのセノタフ。表面につけられているのは十字架に見えるかもしれませんが、剣です。

ポピー・デイの数日前の撮影だそうです。

これは、ダービーシャーにあるチャールズワースという町のセノタフ。大都市ではシティセンターの広場にセノタフがあることが多いかもしれませんが、規模の小さな町では、このように、市街地へと入る街道の合流点のど真ん中にセノタフが設置されていることがよくあります。

この写真は8月16日に撮影されたものだそうです。花輪は、レッド・ポピー・デイのものではなく、「対日戦勝記念日」のものですね。

これは北アイルランドのベルファストのセノタフ。市庁舎(シティホール)の敷地内にあります。

北アイルランドからは、第一次世界大戦の激戦地として知られるソンムに大勢の志願兵が赴き、大勢が戦死しています。

また、当時はまだアイルランド島全体が英国と「連合」していたので、ダブリンなど現在アイルランド共和国となっているところからも大勢が欧州の戦線に向かい、戦死しました。彼ら「アイリッシュの英軍兵士」をアイルランド共和国政府がまともに扱うようになったのは、2011年以降です。

なお、北アイルランド、2013年のG8サミットが開かれたファーマナ州、エニスキレンでは、1988年11月、戦没者追悼式典を標的としたIRAの爆弾攻撃がありました。IRAが爆弾を仕掛けた建物(写真で倒壊している建物)のすぐ前に、セノタフがあります。頂上に兵士の銅像が載った立派なセノタフです。(エニスキレンについては後述)

このような「英国式」のセノタフは、英連邦各国にあります。

これはオーストラリアのシドニーのもの。

これもカナダ、エドモントンです。十字架がありますね。国家が設置するのではなく、戦死者を出したそのコミュニティが設置するものなので、このように宗教的な意匠がはっきりしたものもあるのでしょう(私は、それは珍しいと思いますが)。

英国では、そうした第一次世界大戦期の、国民的な「戦没者遺族共同体」化があり、それぞれの地域にたくさんのセノタフが建てられたあと、「では、ロンドンにも、ナショナルな『セノタフ』をつくろう!」という働きかけが置きました。④

ロンドンのセノタフは、ラチェンスという建築家(けっこう有名)が引き受けて、ともかく「非宗教的な」記念碑にしようということで、こんな感じになりました。(いまは、すぐとなりに、女性従軍者の碑が別途建てられています。)⑤ pic.twitter.com/aPG6QLdrta

ロンドンのセノタフ。ホワイトホールのど真ん中に、このようにそびえています。

「ホワイトホール」というのはトラファルガー広場から国会議事堂をまっすぐに結ぶ大通りのこと。居並ぶ建物はほとんどが政府省庁。

(第一次世界大戦の)戦後、英国は不況や失業に見舞われた。ヴェルサイユ条約の調印を祝って1919年7月、パリの凱旋門で戦勝パレードが行われた。これを見て感激した英国のロイド・ジョージ首相は同じようなパレードを開催しようと、建築家エドウィン・ラッチェンスを首相官邸に呼び、無名戦士を悼(いた)む棺状のモニュメント建造を依頼した。戦没者は英国国教徒とは限らない。特定の宗教に基づかない一時的なモニュメントが木材と漆喰(しっくい)で造られた。

上で見た木村正人さんの解説記事より。

「戦没者は英国国教徒【原文ママ】とは限らない」というのがポイントです。

英国、すなわち「グレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国」は基本的にキリスト教の国ですが、宗派が多数あります。

イングランドはChurch of England (CofE), イングランド国教会(日本では「英国国教会」という訳語が定着していますが、誤訳といってよいです)でこれは「歴史」、「世界史」で習う通り、16世紀にヘンリー8世がローマ教会(カトリック)から分かれて自身がトップとなり設立した教会(宗派)です。イングランドの国家元首、すなわち英国の国家元首(国王、女王)がこの教会のトップ(信仰の擁護者: Defender of the Faith)です。
http://en.wikipedia.org/wiki/Church_of_England

イングランド国教会はイングランドの外では「アングリカン Anglican」と呼ばれます。

ウェールズではちょっとなりゆきでいろいろあって、アングリカンの教会はChurch of WalesではなくChurch in Walesと呼ばれています。
https://en.wikipedia.org/wiki/Church_in_Wales

アイルランドではアングリカンの教会はChurch of Irelandです。オスカー・ワイルドやサミュエル・ベケットなど、「アングロ・アイリッシュ」というエスニシティを持つ人々の宗派は概してこれです。

一方、アイルランドのアイリッシュの人々の宗派は概してカトリックです。1921年(アングロ・アイリッシュ条約)以前のアイルランドでは、大まかに、「支配者はアングリカン、被支配者はカトリック」という構造でした。

それから、スコットランドのナショナル・チャーチはChurch of Scotland(通称はKirk)ですが、ここは宗派はアングリカンではなく、プレスビテリアン(長老派)です。(スコットランドのアングリカンは別の教会を持っています。)
http://en.wikipedia.org/wiki/Church_of_Scotland

北アイルランドはスコットランドから入植した人々が多く、北アイルランドの「プロテスタント」は、その多くが(アングリカンではなく)プレスビテリアンです。

……というあたりがメインストリームの宗派です。イングランドとスコットランドのメインの教会だけに限っても、「アングリカン」と「プレスビテリアン」という2つの宗派があります。

一方、イングランド、というか英国では、「国教会(アングリカン)」以外のプロテスタント諸宗派については、歴史的に(カトリックも含めて)non-conformist(非国教徒)とくくった上で差別的な待遇が課されてきました。詳細は19世紀に廃止された「審査法」(または「審査律」)を参照してください。

具体的には、「ピューリタン革命」や「ピルグリム・ファーザーズ」のピューリタン(清教徒)、ジョン・ウェズレー(英国人なんですが)が興した「メソジスト」(マーガレット・サッチャーはこの宗派)、非戦を貫く「クエーカー」(この宗派も発祥の地はイングランドなのですが)、ロンドン東部に興った「救世軍」など。先に述べた「プレスビテリアン」もノンコンフォーミストです。
https://en.wikipedia.org/wiki/English_Dissenters

これらプロテスタント諸宗派に加えて、もちろん、カトリックがあります。

……(伝統的な)「キリスト教」だけでこれだけあります。それぞれの宗派は、教義や儀式が、程度の差はありますが、異なります。

さらに、最近になって「宗教」と認められたイングランドの土着宗教であるドルイド、帝国主義の時代に遠く海外に「進出」したことの結果としてブリテン島にも(少しとはいえ)もたらされたヒンズー教、シーク教、イスラム教など南アジア・西アジアやアフリカに信者の多い宗教、中世以来継続的にイングランドに渡ってきた欧州ユダヤ人の宗教であるユダヤ教、スリランカや東南アジア経由で仏教も入っています。むろん、「無神論」、「理神論」もあります。

戦勝パレードで戦死者を称えて、暗いムードを一掃しようという政府の思惑とは裏腹に、参列者の悲しみは深く、とても勝利を祝う気持ちにはなれなかった。……パレードの後、セノタフへの献花が続き、恒久の追悼モニュメントにしようという声が「タイムズ」紙や下院議員から上がった。セノタフはポートランド石で作り直され、翌20年の休戦記念日、国王の手で除幕式が行われた。

側面と頂上に月桂樹の輪を配して、「栄光ある死者」という文字と第一次大戦を示す「1914 1918」のローマ数字が刻まれた。後に第二次大戦を戦った「1939 1945」が加えられた。……

木村正人さんの文章より。

ロンドンのセノタフ、除幕式の時の報道・記録写真。

"Photograph of the unveiling of the Cenotaph in Whitehall, London, November 1920."

"Another photograph from Peace day, Saturday 19th July 1919. American troops march past the Cenotaph carrying a job lot of American flags."

石造りになる前の、漆喰のセノタフでしょうね。米軍が米国旗を掲げて行進しているところ。

They shall grow not old, as we that are left grow old:
Age shall not weary them, nor the years condemn.
At the going down of the sun and in the morning,
We will remember them.

ロンドンのセノタフは非宗教的につくられたモニュメントです。その近くにウェストミンスター・アビーという英国教会の大寺院。この大寺院の奥に、誰のものかわからない戦死者の遺骨が埋葬されています。「無名戦士の墓」です。日本人女性の献花。⑥ pic.twitter.com/lArhLPolpt

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