世界中に存在する真相が分かっていない謎と未解決事件
ここでは今まで多くの人々を悩ませてきた、世界に存在する30の未解決な謎について紹介していく
更新日: 2014年01月29日
ここでは今まで多くの人々を悩ませてきた、世界に存在する30の未解決な謎について紹介していく
更新日: 2014年01月29日
多くの謎がこの世界にはあり、科学技術が発展した現在でも明らかになっていないことが数多く存在する。
私達は今、多くの謎に対して満足の行く回答を得ることは出来ていないが、いつかこれらのミステリーに対し、論理的な正しい回答が得られることが期待される。
幽霊船、オーランメダン号(Ourang Medan)
1948年、航行中のシルバースター号はインドネシア・マラッカ海峡で一つの無線信号を受信した。
その無線信号はインド・ジャカルタに向かって航行中だったオランダ船籍の商船オーラン・メダン号からの物であり、この船の無線技士と思われる人物からであった。
彼は、船員のほとんどが死亡したこと、そして自分自身も死の危機に瀕していることなどを伝え、無線は途中で切れてしまった。
不審に思ったシルバースター号はオーラン・メダン号に近づき船員を乗り込ませると、オーラン・メダン号の乗組員たちは恐怖におののくような凄まじい形相で倒れている死体が山のようにあったという。
死体は人間だけでなく犬までもが死体となって発見された。
まるで死の直前にこの世の物とは思えない恐ろしいものを見たかのような表情をしていた遺体であったが、その遺体のどこを調べてみても外傷らしき傷は何一つなかった。
それどころか、この船、オーラン・メダン号自体全くの無傷であったのである。
ますます不審に思ったシルバースター号の乗組員たちが船内の調査をしようとしたその時、オーラン・メダン号は激しい爆発音とともに炎上しシルバースター号の乗組員たちは撤退を余儀なくされた。
乗組員たちの撤退後、激しく炎上したオーラン・メダン号の船体は傾き、多くの乗組員たちの亡骸を乗せた船体は海の底に沈んでいった。
後日、調査がなされたが詳しい沈没原因などは特定されず『何らかの突発的要因による』として片づけられた。
乗組員の死亡原因に至っては船体が炎上したこと、沈没していることなどから手掛かりがほとんどなく、今現在もほとんどが謎に包まれており死亡原因は特定されていない。
ちなみに、オーラン・メダン号へ近づいた際の状況をシルバースター号の乗組員が後に語った話によると、事件当初オーラン・メダン号の船体は無数の鮫によって取り囲まれていたということである。
これが何を意味するのかは分からないが、一説には有毒ガスの発生などが挙げられているが、これも有力な見解というまでには至っていない。
http://husigimystery.info/allan/?p=104
飛行機ハイジャック、DBクーパー事件
D.B.クーパー事件とは、アメリカ合衆国で発生した、身代金を要求したハイジャック事件であり、アメリカ国内においてもっとも有名な未解決事件の一つとされている。
犯人は、身代金を受け取った後、飛行中のボーイング727の後部にあるドアを開けさせ、現金200,000ドル(2012年現在の貨幣価値にして約1億円)を持ってパラシュートで脱出した。検挙されず、また犯人の身元も不明な未解決の事件である。後に身代金の一部がコロンビア川で発見され、実際には犯人は死亡したともいわれているが、死体は発見されていない。
ほとんど指紋を残さないなど、完璧なまでの完全犯罪にD.B.クーパー人気は社会現象になり、事件のあった日はダン・クーパー・デイとして記念日的扱いを受けた。FBIに悪戯で「俺がD.B.クーパーだ」と名乗りだす者が続出したり、ホームパーティーにスーツを着用、札束を身につけたクーパーの仮装で登場した者も現れたほどであった。アメリカの感謝祭前日であった1971年11月24日に、経由地のオレゴン州ポートランドからノースウエスト航空11便(ボーイング727-100型、ワシントンD.C.発シアトル行き、機体記号N467US)には、乗員6名と乗客36名が搭乗していたが、その一人が「ダン・クーパー」の偽名で搭乗していた犯人であった。
午後4時35分(現地時間)に離陸後、犯人は機内サービスの際に客室乗務員の女性に代金と一緒にメモを渡した。その乗務員は、当初、自宅の電話番号のメモだと思ったが、犯人は「爆弾を持っている」と告げたため確認すると、爆弾を所持していることと身代金20万ドルとパラシュート4つを要求する脅迫状であった。また隣に座るように要求した。
そのため客室乗務員が操縦席に連絡したが、パイロットは疑わしいと思い犯人の隣に座り本当に爆弾を持っているかを尋ねると、犯人は持っているブリーフケースを開け、そこには赤い管と導火線(ダイナマイト)が見えた。
そのためパイロットは管制官にハイジャックされたと告げ、それに対し当局はハイジャック犯に従うように指示した。
午後5時45分にシアトル・タコマ国際空港に緊急着陸後、身代金とパラシュートと引換えに犯人は乗客全員と客室乗務員2名を解放した。
午後7時45分にシアトルを離陸し、犯人は機長に対しネバダ州リノに向かえと要求し、高度1万フィート(約3000m)に維持したうえでランディングギア(車輪)を出しフラップの角度を15度下げて飛行するように指示した。
こうすることにより、空気抵抗が生じ、時速は320キロまで落ちていた事が判明している。
犯人は午後8時11分ごろに、ボーイング727の後部にあったリアドア(昇降用階段)を空中で開き、パラシュートで現金と共に脱出した。
その様子は追跡していた空軍のF-106戦闘機2機は視界がきかなかったため確認できなかったが、
犯人はポートランドの北30マイル(約50km)にあるアリエルの郊外に降りたと思われていた。
その後当局は18日間捜索したが彼の行き先に関する手かがりはつかめなかった。
犯人がどうなったかについて諸説ある。
◇死亡説 ~
1980年2月13日、ワシントン州バンクーバー郊外のコロンビア川のそばで、ピクニックに
来ていた家族によって、身代金の一部5800ドル(20ドル紙幣の束であったという)が発見された。
そのため、「犯人は、コロンビア川に落ちて溺れた」、もしくは「冬の夜の寒さに凍えて、
死亡した」のではないかといわれるようになった。
彼が使用したパラシュート2つのうち、1つは「空中では展開しない、地上訓練用」であったため、
「パラシュートによる脱出に失敗して死亡した」という説もあった。
◇逃亡して死んだ説 ~
2011年8月2日付のロサンゼルス・タイムズ紙など複数の海外メディアによると、
FBIの特別捜査官が「約10年前に老衰で死亡した男性の正体がD.B.クーパーである」
という証言を入手。現在、死亡した男性の指紋、DNAと、事件当時機内に残された指紋、
遺留物に付着したDNAの鑑定が行われている。
この結果、同一人物であると判明した場合、犯人は犯行後に約30年間逃げ延びた後、
逮捕されずに死んだことになる。
◇その他 ~
1991年に出版された書籍には、「1972年に同様の事件を起こした元軍人の男性
(リチャード・マッコイ)が犯人ではないか」という説が書かれた。
リチャードは元軍人。今はダイビングのインストラクターとD.B.クーパーの犯人像に
重なったばかりか、人相も酷似していた。
身代金を奪取してパラシュートで降下したが、逮捕されて懲役45年を宣告され、
後に脱獄に成功したが潜伏先FBIに追い詰められ射殺された。
2000年、ある女性が、1995年に死んだ夫につき「夫が死ぬ間際に、
『ダン・クーパー』であったと告白した」とする記事がU.S. News and World Report誌に
掲載された。同記事は「夫の筆跡と、犯人メモのの筆跡がよく似ていること」などを根拠にする。
http://ameblo.jp/mythyjack/entry-11513868360.html
DBクーパー事件
奇怪な音が聞こえるタオス村の謎
タオス村では、ディーゼルエンジンのようなブンブンという音がなる現象が発生している。 この音は直接耳で聞くことはできるが、ごく僅かな音を検知できる装置を使用しても、全く検出することができない。
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:q7x5zhHaeMoJ:twtrp.jp/user/syogeki_rakugak+&cd=12&hl=ja&ct=clnk&gl=jp
タオス村の謎
謎の文字が書かれたヴォイニッチ手稿
ヴォイニッチ手稿(ヴォイニッチしゅこう、ヴォイニッチ写本、ヴォイニック写本、英語: Voynich Manuscript)とは、
1912年イタリアで発見された古文書。暗号とおぼしき未知の文字で記され、多数の彩色挿し絵が描かれている。
14世紀から16世紀頃に作られたと考えられている古文書。
全230ページからなり、未知の言語で書かれた文章と現代の地球には存在しない植物など様々な彩色された挿絵から構成されている。
文章に使用されている言語は、単なるデタラメではなく言語学的解析に照らし合わせ、
何らかの言語として成立機能している傍証が得られているため、一種の暗号であると考えられているが内容は不明。
http://totalmatomedia.blog.fc2.com/blog-entry-1163.html
謎の文字が書かれたヴォイニッチ手稿
切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)
888年8月31日未明のことである。ロンドンはホワイトチャペル付近の路地裏を巡回していた巡査が仰向けで倒れている女性を発見した。喉を切り裂かれている。腸が飛び出している。性器にも刺し傷がある。この界隈では顔のメアリー・アン・ニコルズという42歳の娼婦だった。
彼女の遺体の状況は明らかに異質だった。物盗りとも怨恨とも思えない。目的はいったい何なんだ? 付近の住人たちはこの不可解な殺人の話題で持ちきりになった。
9月8日、45歳の娼婦アニー・チャップマンが次の犠牲者となった。やはり喉を切り裂かれ、腸が肩まで引きずり出されている。その上、子宮と性器、膀胱が切り取られている。凶行はエスカレートしていた。
9月30日には2人の犠牲者が出た。まず、午前1時頃に44歳の娼婦エリザベス・ストライドが切り裂かれた。その僅か45分後に43歳の娼婦キャサリン・エドウズの無惨な遺体が発見された。それはさながら屠殺場で、はらわたがひと塊、右肩のあたりに店を開いていたという。
「わくわく臓物ランド」
などというブラックジョークを口にしないと、とてもじゃないが平静を保てないほどに悲惨な光景である。
そして11月9日、メアリー・ジェーン・ケリーが最後の犠牲者となった。彼女も他の犠牲者と同じく街娼だったが、25歳と若く、しかも犯行は屋外ではなく彼女の自室だった。そのために時間的余裕があったのだろう。犯人は思う存分に切り裂いた。当時の新聞は惨状をこのように記述している。
「喉元を深く切り裂かれて、首がもげかけている。両乳房は切り取られて、左腕は首と同様に皮一枚で胴体に繋がっている状態だ。鼻は削がれ、額の皮は剥かれ、大腿は脛まで裂かれてめくれている。腹部は縦に切り裂かれて、内臓が抜かれて空洞になっており、肝臓は両脚の間に置かれていた。剥がされた皮膚や切り取られた乳房、鼻などはテーブルの上に積み上げられ、片手は腹の中に押し込まれていた」
ここには書かれていないが、引きずり出された腸が額縁に飾られていたそうである。壮絶なる血と肉のパノラマ。真っ赤な夜のブルースだ。これを最後に「切り裂きジャック」の犯行は途絶えた。彼の正体は今日もなお謎のままである。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~madison/murder/text/jack_ripper.html
1800年代全英を震撼させた、切り裂きジャック。
本当にその通りかはいざ知らず、似顔絵が今更ながら公開されました。
バミューダトライアングル
地図を取り出して大西洋のバミューダ島、そこから南に向った先にあるプエルトリコ島のサンフアン、そしてアメリカはフロリダ半島のマイアミを直線で結ぶと、海にほぼ正三角形の図形が浮かび上がる。この三角形の内側、あるいは周辺の海域において、船舶や航空機が忽然と消失するという話がある。今や誰もが一度は聞いたことがあろう、有名なバミューダ・トライアングルの伝説である。
では、一体バミューダ・トライアングルでどのような出来事が発生しているのか。一つの典型を示すのがアヴェンジャー爆撃機失踪事件である。
1945年12月5日のおだやかな午後、フォート・ローダデール海軍基地を、5機のアヴェンジャー爆撃機が飛び立った。基地から東へ160マイル、次いで北に40マイル飛行し、そこから西南西に向かって再び基地に戻って来るという、ごく単純な飛行訓練である。乗組員は合計14人、隊を率いるのはチャールズ・テイラー中尉。
異変が発生したのは15時45分のことである。隊の帰還予定時刻は15時42分であったから、本来着陸許可を求める無線が発せられる筈なのであるが、テイラー中尉は次のような無線を発してきたのである。
「管制塔。非常事態だ」
「どうした」
「陸地が見えない。繰り返す。陸地が見えない」
「現在位置は」
「わからない。陸地が見えない」
「西に向え」
「どちらが西かわからない。方向を見失った、何もかもおかしい。海の様子もいつもと違う……」
やがて、「白い水が……」と謎めいた無線を最後に、隊は消息を絶った。
だが、アヴェンジャー爆撃機の失踪は異変の序章に過ぎなかった。その後、彼らを救出に向かったマーティン・マリナー飛行艇もまた、同じ海域で謎の失踪を遂げたのである。爆発を見たという目撃証言もあるが、原因が特定されることはなかった。
バミューダ周辺において失踪事件が多発していることに着目した超常現象研究家のヴィンセント・ガディスは、1960年代に発表した論文で「バミューダ・トライアングル」という言葉を初めて使用した。これがきっかけとなったかどうかは不明であるが、研究家たちはバミューダ・トライアングルで起こった事故を調べ始める。その結果、この海域は昔から謎の失踪事件が多発していると語られるようになった(事例の数々は下記考察に一覧表にしてまとめてある)。
そして1974年、この謎めいた三角地帯の存在を世に知らしめる決定版とも言うべき著作が誕生する。チャールズ・バーリッツ“The Bermuda Triangle”(邦題『謎のバミューダ海域』(徳間文庫))である。刊行されるや否やベストセラーとなり、全世界で500万部以上を売り上げたこの本によって、バミューダ・トライアングルという言葉は怪現象の歴史の1ページに名を刻み、今日まで語り継がれる伝説と化したのである。
http://roanoke.web.fc2.com/foreign/Bermuda.htm
バミューダトライアングル
謎の暗号文字が書かれた石碑クリプトス
日こんなニュースがあった。バージニア州ラングレーの米CIA(国中央情報局)本部に設置されている暗号が刻まれた彫刻「クリプトス」について、制作者がこのほど暗号解読のためのヒントを発表したそうだ。
クリプトスは銅製のパネル4面から構成され、それぞれの面には無作為に並ぶ文字による暗号文が打ち抜かれている。CIA本部に1990年11月に設置された。4面のうち3面は、1998年にすでに解読されている。残る1面の暗号は4面の中で最も難解なものとされ、現在も未解読のままだったそうだ。
「クリプトス(Kryotos)」は、ギリシャ語で「隠された」という意味。世界中の暗号マニアや暗号学者らが熱心にその解読に取り組んできた。小説「ダ・ヴィンチ・コード」で有名なダン・ブラウン氏の新作「ロスト・シンボル」でも、クリプトスが取り上げられている。
制作者はアーティスト、ジム・サンボーン氏。同氏がこのほど明かしたヒントによれば、第4面の暗号文の中にある1節の97文字のうち、6文字を解読すると「BERLIN」になるという。
http://karapaia.livedoor.biz/archives/51791057.html
謎の暗号文字が書かれた石碑クリプトス
聖杯の在処を示したシャグハラーの石碑
ラテン語のラブポエムとも言われていますが、1982年に出版された『レンヌ=ル=シャトーの謎 ー イエスの血脈と聖杯』The Holy Blood and the Holy Grail (アメリカでのタイトルは Holy Blood, Holy Grail)で、この荘園の持ち主であるアンソン家は13世紀初めに聖杯を発見したとされるテンプル騎士団と関係を持っていたとされ、この碑の文字は聖杯のありかを示しているというのです。
BBCのクロニクルというドキュメンタリー番組で「救世主伝説」に迫った模様を綴った『レンヌ=ル=シャトーの謎』には、キリストの子孫が南フランスに住んでいるということや聖杯探索についてが書かれています。
この本が与えた影響は、ウンベルト・エーコの『フーコーの振り子』やダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』に見られるのは周知の通りですよね。
真偽の程は別として、少女時代にアーサー王伝説を読みふけった人間としては聖杯伝説のかけらを目の前にしていると思うだけでもロマンを感じます。
聖杯の在処を示したシャグハラーの石碑
『羊飼いの碑』のレリーフの下に文字が刻まれているのですが、この文字の意味は何だろうということなんですね。
身元不明の死体、タマムシュッドの謎
1948年12月、オーストラリアのサメルトンビーチで身元不明の男性が亡くなっているのが発見された。
彼のポケットの中にはタマムシュッド(Tamam Shud)と書かれたものが見つかった。
この言葉はルバイヤートと言われる有名な詩人の作品の中で終焉、終わりを意味することが後に分かった。
しかし、世界中の政府が国を上げてその身元を明らかにしようとしたが、その男の身元は未だに謎に包まれたままである。
http://blog.livedoor.jp/loveai0221/archives/33733303.html
身元不明の死体、タマムシュッドの謎
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