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クライミングの世界最高難度を更新した歴史的課題 Action Direct

ドイツのフランケンユーラにある世界で最も有名なリードクライミングのルート。1991年の初登から長い間、世界最難課題として君臨していました。

更新日: 2015年07月22日

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Action Direct (9a、5.14d) 1991年 初登者:ウォルフガング・ギュリッヒ

伝説のクライマー、ヴォルフガング・ギュリッヒ(1960年10月24日ドイツ生れ)が、1991年8月に初登した世界初めての9a(5.14d)。
 ギュリッヒは、その1年後の1992年8月29日にドイツのミュンヘンとニュルンベルクの間のアウトバーンを走行中、車がスピンして意識不明の重傷を負い、2日後にインゴルシュタット(ドイツ南東部バイエルン州のドナウ川に臨む都市)の病院で、意識が戻らぬままに息を引き取りました。

 31歳の若さでした。

 アクシオン・ディレクトは、長きに渡って世界最難ルートとして君臨し、世界のトップクライマーが一度は挑んでいるベンチマーク的存在ですが、出だしの1本指ランジで撃退されているクライマーも多いということです。

Action Directe のこれまでの再登者は以下。

1. ウォルフガング・ギュリッヒ(Wolfgang Güllich /ドイツ /1991)
2. アレクサンダー・アドラー(Alexander Adler /ドイツ /1995)
3. イケール・ポウ(Iker Pou / スペイン / 2000)
4. デイブ・グラハム(Dave Graham / アメリカ / 2001)
5. クリスチャン・ビンドハマー(Christian Bindhammer / ドイツ / 2003)
6. リチャード・シンプソン(Richard Simpson / イギリス / 2005)
7. 小山田大(2005)
8. マーカス・ボック(Markus Bock / ドイツ /2005)
9. キリアン・フィッシュフーバー(Kilian Fischhuber / オーストリア / 2006)
10. アダム・オンドラ(Adam Ondra / チェコ /2008)

11. パチ・ウソビアガ(Patxi Usobiaga / スペイン /2008)
12. ガブリエル・モローニ(Gabriele Moroni / イタリア / 2010)
13. ヤン・ホイヤー(Jan Hojer / ドイツ / 2010)
14. アダム・パステルニック(Adam Pustelnik / ポーランド / 2010)
15. フェリックス・クノーブ(Felix Knaub / ドイツ /2011)
16. ルスタン・ガルマノフ(Rustam Gelmanov / ロシア / 2012)
17. アレクサンダー・メゴス(Alexander Megos / ドイツ / 2014)
18. フェリックス・ノイメーカー(Felix Neumärker / ドイツ / 2015)
19. ユリウス・ウェストファール(Julius Westphal / ドイツ / 2015)

ルートが短く、ボルダリーということもあり、キリアンやヤン、ルスタンといったボルダーメインのクライマーも登っています。ただ、第 6登のリチャード・シンプソンに関しては、彼のクライミング記録自体全部が疑問視されており、カウントしない場合もあります。

また、最近では、イギリスのベン・ムーン(Ben Moon) が 1990年に初登したイギリス・レイブン・トゥの Hubble(5.14c) が、再登者が少ないことより、5.14d と考えられてもいます。

小山田大は2005年10月15日に完登しています。第7登。

10月15日ついにアクションディレクトを登る事ができました!!3年前の3日間のトライと今回の6日間のトライを含め合計9日間15回目のトライでした。課題の内容を簡単に説明すると、全長約15メートルで下部に5メートル程の簡単な垂壁があり、そこから145°の前傾壁を登るという感じです。垂壁から前傾壁に入る部分に多くのクライマーを退けてきたこの課題の象徴的なムーブがあります、このムーブは左手の第一関節がかかる一本指のポケットから非常に遠い二本指のポケットをランジでとるムーブで、ボルダーグレードで7c位、この後の5手が最も易しいパートでボルダーの7b+位、右手の一本指でシビアなクリップをした後、核心になる10手の8a/8a+のボルダーという感じです。とにかくボルダーの能力が試されるルートですが、約20手のムーブを正確にこなす持久力も必要です。ホールドは全てナチュラルで周りの美しい森と相まって素晴らしいルートでした。クライミングを始めた頃からの夢であり、また目標でもあったこの課題を登れた事を心から幸せに思っています。

イケール・ポウは2000年に第3登。出だしの浅い一本指ポケットから右手の一本指ポケットへランジが特にすごいですね。

2008年5月19日、アダム・オンドラが15歳で第10登を決める。

第13登のヤン・ホイヤー。2010年に登っているが、これは2014年に登った時の動画。

キャンパスボードはこの課題を登るために作られた。

1988年、ニュルンベルグのキャンパス・センター (キャンパス・ボードという名前はここに由来する) というジムに、故ヴォルフガング=ギュリッヒは最初の「キャンパス」ボードを設置した。 彼のプロジェクトだったアクシオン・ディレクトという極限の指の力を必要とするルート専用のトレーニングをするためだった。

 このボードを使うことで、彼の一本指の力はそれまで知られていなかったレベルにまで増大し、1991年、ついに彼はアクシオン・ディレクトに成功した。 このルートは一般的に 5.14d とみなされ、以来、まだたった一回しか再登されていない。

 ギュリッヒのルートがいまだに世界最難かもしれないということを言いたいのではない。 このルートは彼がおこなった他のどれよりも群を抜いて困難であり、それをなしとげるために彼は熱狂的にトレーニングしなければならなかったということを言いたいのだ。 クライミングにのめり込んではいるが天賦の才能に恵まれていない多くのクライマーにとって、これは重要な事実である。 我々は彼の経験から学ぶことができる。

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