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【閲覧注意!】 クマによる死亡事故の実例5つのまとめ

クマによる死亡事故は昔の話ではない。現代においても十分に注意することが必要である。※このまとめには実際に起こった恐ろしく、ショッキングなことが書かれています。閲覧にはご注意ください。

更新日: 2016年03月25日

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netkaseguyoさん

■クマ舎に飛び込み、自殺した女性

89年2月、61歳の主婦が熊本県にある阿蘇クマ牧場の子グマ舎へ飛び降りて自殺した。

死体は子グマに食い荒らされており、内臓はすっかりなくなって、胃から腸にかけてポッカリと大きな穴が開き、手や足など全身の数ヶ所にクマに食いちぎられた跡があった。衣服はズタズタに引き裂かれ、裸同然で、右目は飛び出していた。

彼女は熱心な仏教の信者で、以前から「自分は悪魔の世界に落ちる」「人間は死んでも魂は生き残る」「トラに食べられて死にたい」などともらしていた。

参考サイト
http://tabaco.la.coocan.jp/kanzenjisatsumanyuarukumahen.html

■三毛別羆事件

三毛別羆事件(さんけべつひぐまじけん)とは、1915年(大正4年)12月9日 - 12月14日にかけて、北海道苫前郡苫前村(現:苫前町古丹別)三毛別(現:三渓)六線沢で発生した、日本史上最大規模の獣害(じゅうがい)事件。羆(ヒグマ)が数度にわたり民家を襲い、開拓民7名が死亡、3名が重傷を負った。事件を受けて討伐隊が組織され、問題の熊が射殺されたことで事件は終息した。

■熊に食べられる自分を実況した少女

2011年8月13日、オルガ・モスカヨワ(19)は、継父のイゴール・チガネンコフさんと一緒にキャンプ旅行に来ていた。

正午頃、川原でイゴールさんが休んでいると、突然、背の高く生い茂った葦の中から巨大なヒグマが襲いかかって来た。イゴールさんは抵抗する間もなく一撃で首の骨を折られ、さらに頭骨を圧し割られ死亡。

 その継父が殺される様子を近くの葦の奥で目撃したオルガさんは、直ぐにその場から逃げる事を試みたが、彼女の存在に気付いたヒグマの反応は素早かった。70ヤード程逃げた地点で、彼女は足を攻撃され身動きが取れなくなった。そしてヒグマは彼女の体を下半身から生きたまま喰い始めた。

 その絶望的な状況下で、彼女は手持ちの携帯電話で母親のタティアナさんに助けを求める電話を掛けている。

タティアナさんが電話にでると、
 『 ママ!! クマが私を食べている! ひどく痛い! たすけて!!』
という娘のオルガさんの声が聞こえ、当初、いつもの娘の悪いジョークだと思ったものの、近くで獣の息遣いと何かを食べる粗食音が聞こえた為に現実を理解し、動転しながらも夫のイゴールさんの携帯電話に掛けたが、イゴールさんは既にヒグマに殺害されているので、当然、電話に出る事はなかった。

 タティアナさんは夫が電話に出ないので、直ぐにキャンプ地近くのTermalniy村の警察に通報、その通報する最中、オルガさんからタティアナさんに二度目の電話が掛かってきた。
 『 ママ・・・、クマが戻ってきた・・・・3頭のコグマを連れてきて・・彼らが私を食べているわ・・・』
と弱々しい声で語り、電話が途切れてしまった。

 タティアナさんは警察に事情を伝え救援を急ぐ様に要請し、夫の親族にも様子を見に行って欲しい旨を連絡。それから数分後に、再度、オルガさんからの三度目の着信を知らせる音が鳴り響く。
 『ママ・・もう噛まれていないわ・・。 痛みも感じなくなったわ・・・・今までごめんなさい。 凄く愛してる。』
と自身の死を悟ったかの様な電話内容であり、また、この三度目の電話の声が母親が最後に聞く娘の声となった。

 最後の電話から約30分後、通報を受けた警察とイゴールさんの兄弟は現地に到着。
彼等が目にした物は、イゴールさんを食べているヒグマの親子と、無残な姿で亡骸と化したオルガだった。

参考サイト
http://higumapanasi.blog.fc2.com/blog-entry-8.html

■福岡大ワンゲル部・ヒグマ襲撃事件

1970年7月、日高山脈を縦走せんとしていた福岡大学ワンゲル部5名が執拗にヒグマに襲われ、3人が次々と命を落としていった。

遺体は着衣を剥ぎ取られ裸にベルトだけが巻かれた状態で、顔面の半分が消失しているものや、腹部から腸が引き摺りだされたものなど凄惨な光景だった。

後に羆は射殺され、解剖時に胃袋を調べたところ、人間を食した形跡は無く、悪戯をするかのようにいたぶっていただけだった。

遺体から発見されたメモに当時の状況が書き残されており、羆の恐ろしさをリアルに伺える。

参考サイト
http://higumapanasi.blog.fc2.com/blog-entry-2.html

●遺体から発見されたメモの一部

17:30 我々にクマが追いつく。
河原がやられたようである。

ガケの下の方に2、3カ所にたき火が見える。テントにかくまってもらおうと、ガケを5分ぐらい下って、下を見ると20m先にクマがいた。オレを見つけると、かけ上って来たので一目散に逃げる。前、後ろへ横へと転び、それでも振りかえらず前のテントめがけて、やっと中へかけこむ。しかし、誰もいなかった。しまった、と思ったが、もう手遅れである。シュラフがあったので、すぐ一つを取り出し、中に入り込み大きな息を調整する。しばらくすると、なぜか安心感がでてきて落着いた。それでもkazeの音や、草の音が、気になって眠れない。鳥取大WVが、無事報告して、救助隊が来ることを祈って寝る。

7:00 沢を下ることにする。にぎりめしをつくって、テントの中にあったシャツやクツ下をかりる。テントを出て見ると、5m上に、やはりクマがいた。とても出られないので、このままテントの中にいる。

8:00頃まで・・・・(判読不能)しかし・・・・・(判別不能)を、通らない。他のメンバーは、もう下山したのか。鳥取大WVは連絡してくれたのか。いつ、助けに来るのか。すべて、不安でおそろしい・・。またガスが濃くなって・・・・


一部引用
http://yabusaka.moo.jp/hukuokadai-higuma.htm

■星野道夫ヒグマ襲撃事件

星野道夫ヒグマ襲撃事件とは、1996年7月、TBSの人気動物番組『どうぶつ奇想天外!』の撮影の為訪れたロシアのカムチャッカ半島で起こった、羆による襲撃事件である。

星野の他にTBSスタッフ3名とロシア人ガイド2名が同行していた。小屋には取材班とガイドの5名が泊まり、星野はそこから数m程離れた所にテントを張り、1人でそこに泊まることにした。

7月27日、別のアメリカ人写真家が現地を訪れ、星野のテント近くにテントを張ったが、その夜、写真家は金属音で目が覚めた。外に出ると小屋の食糧庫にヒグマがよじ登り、飛び跳ねていた。ヒグマは体長2m超・体重250kgはある巨大な雄クマで、額に特徴的な赤い傷があった。
写真家は小屋のドアを叩いてヒグマが出たとガイドに告げた。小屋から出てきたガイドは鍋を叩き鳴らしながら近づき、7~8mあたりでクマ除けスプレー(以下スプレーと略)をヒグマに向けて噴射したが、ヒグマには届かなかった。その後もスプレーを掛けようとガイドは悪戦苦闘するが、上手くいかず、やがてヒグマはテントから離れていった。

この為、ガイドたちは星野に小屋で寝るよう説得したが、星野は「この時期はサケが川を上って食べ物が豊富だから、ヒグマは襲ってこない」として取り合わなかった。一方で、アメリカ人写真家は身の危険を感じ、近くの鮭観察タワーに宿泊した。

8月6日夜にはまた星野のテント近くにヒグマが現れて、ガイドがスプレーで追い払った。ガイドは再び強く小屋への移動を勧めたが、星野はこの時も聞き入れなかったという。

8月8日の深夜4時頃、星野の悲鳴とヒグマのうなり声が暗闇のキャンプ場に響き渡った。ガイドが懐中電灯で照らすとヒグマが星野を咥えて森へ引きずっていく姿が見えた。ガイドたちは大声をあげシャベルをガンガン叩いたが、ヒグマは一度頭をあげただけで、そのまま森へ消えていった。テントはひしゃげていてポール(支柱)は折れ、星野の寝袋は切り裂かれていた。ガイドが無線で救助を要請し、ヘリコプターで到着した捜索隊は上空からヒグマを捜索し、発見すると射殺した。星野の遺体は森の中でヒグマに喰い荒らされた姿で発見された。


参考サイト
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%9F%E9%87%8E%E9%81%93%E5%A4%AB

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