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【千葉祐太郎】平成生まれの20代死刑囚誕生へ。石巻3人殺傷事件

石巻3人殺傷事件のその後。加害者の元少年の実名:千葉祐太郎。2016年6月16日、裁判員裁判ではじめての少年死刑囚が誕生した。

更新日: 2018年09月20日

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firk12さん

▼石巻3人殺傷事件とは?

少年が元交際相手の少女を巡り、少女の親族・知人3人を殺傷。

2010年2月10日午前6時40分頃、石巻市の少年Aが、無職の少年Bを共犯に、石巻市内にある元交際相手の少女の実家に押し入り、2階で寝ていた少女の姉と少女の友人の女子高生を刃渡り約18センチの牛刀で複数回刺して殺害。

さらに、その場にいた男性(当時20歳)の右胸を刺し重傷を負わす。その後、少女の左脚を刺し無理やり車に乗せて現場から連れ去った。その後車を変えて逃走するも同日午後1時過ぎに少年2人は同市内で身柄を確保され、未成年者略取と監禁の容疑で現行犯逮捕された。少女は軽傷のまま保護された。

同年3月4日、宮城県警石巻署捜査本部は少年らを、民家に侵入し女性2名を刺殺、男性に重傷を負わせたとして、殺人・殺人未遂などの容疑で再逮捕した。

▼殺人を犯したのは当時18歳の少年だった

少年と交際相手の間には娘もいた

昨年夏に友人を通じて知り合い、交際を始めた。昨年10月には娘が生まれたが、その前から沙耶さんは少年によるDVに悩まされていたようだったという。沙耶さんは「別れを切り出すたびにダンベルで殴られたり首を絞められたり、たばこの火を押しつけられたりした」と話していたという。最近は沙耶さんの実家に少年が押し入って娘を連れ去ろうとすることもあったという。
大森さんは美沙さんの友人で、今月に入って少年が南部さん方に押しかけるようになったため、姉妹に頼まれて南部さん方に泊まっていて被害に遭ったという。大森さんの親類の男性は「友だち思いの良い子だった。あんな子を刺し殺すなんて許せない」と目を潤ませた

▼殺人を犯したあとも反省する様子はなく隠蔽工作も計った

共犯の少年Bは、自分が実行犯役となるようAに命令されていたと証言した。

AはBに凶器の万引きや刺し方などを指示したり、「皮手袋をすれば指紋が出ず完全犯罪だ」とも言ったという。しかし直前になりBが実行犯役を拒むと、Aは「おれがやる」と言い犯行に及ぶが、凶器にBの指紋を付けさせた上にBが犯行を行ったという証拠を完全なものに仕立て上げる為に、Bの衣服を奪って返り血対策を兼ねて着用するなど、様々な隠蔽を図っていたことも明らかになっている。

▼生い立ちと死刑への恐怖

2014年5月に描かれた絵

「命」、「家族の愛情」に触れて、愛娘を抱えていた少年の頃のオレは温かい涙が溢れた。

その温かい涙は、オレが幼少の頃に繰り返し流した困惑の涙や助けを可能性の無いまま待ち流した涙や孤独の涙とは、まったくの別物であった。

オレの命は母のお腹の中から始まり、少し苦い幼少期を生き、少年になってから本当の笑顔でとびっきりの笑顔になり、温かい涙が溢れた。

今後のオレの運命は「死」か「贖罪」のどちらか。

2014年5月20日、仙台拘置所にて、

▼死刑確定

一審判決の控訴から3年を経た2014年1月31日、
仙台高裁は一審の死刑判決を支持し、弁護側の控訴を棄却した。
これに対し、弁護側は判決を不服として最高裁に即日上告した。
そして2016年6月、1、2審を支持し、元少年の上告を棄却した。

最高裁は死刑とした1、2審を支持し、元少年の上告を棄却した。

市民らが少年に対して死刑を選択した判決が初めて確定する。

裁判員裁判の少年事件としては初めて死刑が確定

光市母子殺害事件のO、大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件H、Oなどが死刑確定囚であるが、裁判員制度での確定ははじめて。

▼初の平成生まれの死刑囚となった

千葉祐太郎の顔写真

千葉祐太朗の顔写真

中学生時代の千葉祐太郎

中学生時代の千葉祐太郎

事件当時18歳7ヶ月。
裁判員裁判で2例目の死刑判決で、少年被告では初めて。

一審判決時少年である被告への死刑判決は41年ぶり。

死刑確定した2016年6月16日現在、千葉は24歳。

平成生まれはじめての死刑囚となる。

▼関連リンク

未成年でも死刑判決......現在日本にいる少年死刑囚一覧 - NAVER まとめ matome.naver.jp/odai/214605485… 早く執行して欲しい。税金の無駄だ。法務大臣はちゃんとハンコを押して欲しい。

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