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2月5日生まれのサッカー選手は大物が勢ぞろい!!ネイマールやCロナウドなど

2月5日はクリスティアーノ・ロナウドやカルロス・テベス、ネイマールなどサッカー界の大物が誕生した日。

更新日: 2014年02月07日

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ajax14さん

クリスティアーノ・ロナウド

1995年 - 1996年 CDナシオナル
1996年 - 2003年 スポルティング・リスボン
2003年 - 2009年 マンチェスター・ユナイテッド
2009年 - 現在  レアル・マドリード

2013年のFIFAバロンドール(年間最優秀選手賞)を受賞した。

バロンドール受賞はマンチェスター・ユナイテッド所属時の08年以来、5年ぶり2度目で、10年にFIFA最優秀選手と統合されてFIFAバロンドールになってからは初受賞。4年連続受賞中のバルセロナFWリオネル・メッシを抑え、世界最高プレイヤーの称号に輝いた。

クリスティアーノ・ロナウドは自他ともに認める「努力家」

「僕に言わせれば、プロで活躍している選手は誰しも少なからず才能を持っている。しかし、その才能を磨く努力を怠るようでは、決して一流の選手になることはできない。僕はこのことを、いつも自分に言い聞かせているつもりだ。試合に限らず、練習でもグラウンドにいるときは全力を尽くすよう常に心掛けている。」

「一番サッカーが楽しかったのはマン・Uの頃」

「マンチェスターは僕にとってすごくいい時期だったよ。あそこで全てを勝ち取ることができた。
僕の人生の中の素晴らしい一部分だった。若かったし、たぶんサッカーを一番楽しめて
いたのはあの頃だったと思う」

ネイマール

2009年 - 2013年 サントスFC
2013年 - 現在  FCバルセロナ

2013年5月、FCバルセロナと5年契約で合意

背番号は当初決まっていなかったが、ティアゴ・アルカンタラがバイエルン・ミュンヘンに移籍した後、サントスでも着けていた11番を着けることになった。

FIFAコンフェデレーションズカップ2013では、メディア投票により決定する大会最優秀選手に贈られるゴールデンボール賞を受賞。

大会では開催国ブラジル代表の背番号「10」として大活躍し4得点2アシストを記録。全試合に出場し、5試合のうち4試合でマン・オブ・ザ・マッチに選出された。

イギリス紙『ガーディアン』が、2014年に開催されるブラジル・ワールドカップで活躍が期待される選手としてネイマールの名前を挙げた。

同紙は、ワールドカップを展望する記事を掲載し、活躍が期待される選手としてポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウドや、アルゼンチン代表FWリオネル・メッシ、ブラジル代表FWネイマール、日本代表MF本田などの名前を挙げた。

カルロス・テベス

2001年-2004年 ボカ・ジュニアーズ
2005年-2006年 コリンチャンス
2006年-2007年 ウェストハム・ユナイテッド
2007年-2009年 マンチェスター・ユナイテッド
2009年-2013年 マンチェスター・シティ
2013年- 現在  ユヴェントスFC

2007-08シーズンはクリスティアーノ・ロナウドやウェイン・ルーニーとともに、マンチェスター・ユナイテッドの2冠(プレミアリーグ・UEFAチャンピオンズリーグ)に貢献。

シーズン前、ウェイン・ルーニーとの共存は不可能ではないかとされていたが、プレミアリーグ屈指のコンビであると試合で証明した。2008年12月に行われたFIFAクラブワールドカップで優勝したため、南米・欧州の両代表で同タイトルを獲得した史上初の選手となった。

デル・ピエロの10番は"悪童"へ…テベス、ユヴェントス移籍が決定

ユヴェントスは26日、マンチェスター・シティからFWカルロス・テベス(29)を獲得したことを発表しました。契約期間は2016年までの3年。背番号は、レジェンドであるアレッサンドロ・デル・ピエーロ(現シドニーFC)が身につけていた10番が用意されました。

1歳の時に誤って熱湯を浴び、火傷を負った。母親によってタオルにくるまれた際に繊維が皮膚に付着し、首や胸にはプロになった現在でも傷が残っている。

ボカ・ジュニアーズ時代に、この火傷の痕を取り除く手術の費用をチームが負担するとオファーされたものの、「この顔は神様から与えてもらったものだから、変えるつもりはない。それに、この傷は生きてきた証でもある。」として固辞している。

アドナン・ヤヌザイ

2013年 - 現在 マンチェスター・ユナイテッド

ヤヌザイはアンデルレヒトのユースチーム出身。当時から技術は突出しており、見る者を唸らせていたという。そして2011年7月、ユナイテッドのU-18チームへと移籍。この時発生した移籍金は300,000ポンド〜500,000ポンド。

ブリュッセル生まれのベルギー人で、両親はコソヴォにルーツを持つアルバニア人。身長は180cmで利き足は左足。オフェンシブミッドフィルダーを本職とするが、両サイドでもプレーでき、トップの選手に近い位置でもプレーが可能。

デイビッド・モイーズ監督が、MFアドナン・ジャヌザイは将来的にチームの「10番」のポジションを担うことができるとして絶賛

今シーズンに入って急速に頭角を現してきたジャヌザイは、ここまで主に左サイドMFで起用されるケースが多いが、モイーズ監督は18歳の同選手について中央や右サイド、センターフォワードでもプレーできる多才な選手だと高く評価している。

コソボにルーツを持つ民族アルバニア人のヤヌザイは、ベルギー、アルバニア、セルビア、トルコを代表で選択できる。2018年以降にはイングランド代表も選択可能。さらにコソボはFIFA加盟申請をしており、国際親善試合の参加権が承認されている。

ヴィルモッツ監督が、ヤヌザイをベルギー代表に招集したものの断られていたことを明らかにした。「我々は彼を招集した。しかし、彼がユナイテッドに【代表に関して決断する準備ができていない】と伝えたんだ。私は彼に明確なメッセージを送ったが、強制することはできない。」

ファン・ブロンクホルスト

1993-1994 RKCヴァールヴァイク (Loan)
1994-1998 フェイエノールト
1998-2001 レンジャーズFC
2001-2004 アーセナルFC
2003-2004 FCバルセロナ (Loan)
2004-2007 FCバルセロナ
2007-2010 フェイエノールト

2003年からはスペインのFCバルセロナでプレーし、2005-06シーズンにはUEFAチャンピオンズリーグで優勝するなどキャリア最高の活躍を見せた。

2004-05シーズンは4得点を挙げてキャリア最高といえる活躍を見せてリーグ優勝。2005-06シーズンもリーグタイトル防衛を果たし、UEFAチャンピオンズリーグではチーム唯一の全試合出場選手として優勝に貢献した。

2008年より2010年までオランダ代表キャプテンを務めた。

2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選ではキャプテンを務め、2010 FIFAワールドカップ本大会のメンバーにも順当に選出された。準決勝のウルグアイ戦(3-2)では、41mの距離から強烈なロングミドルシュートでゴールを射抜き、このゴールは同大会最高のゴールのひとつに数えられている。

グループリーグ初戦のデンマーク戦で代表通算100試合出場を達成した。また、早くから大会後の現役引退を表明しており、決勝のスペイン戦がプロ選手としてのファイナルマッチとなった。

2月5日生まれには他にもこんな人が

スヴェン=ゴラン・エリクソン

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