シンナーで死んだ2人を合わせると、死体が見つかった場所はすべて半径1.2km以内に集中している。この狭い範囲の中、2ヶ月半で7人の若者が亡くなっていた。

 自殺、不審死の熊取町の若者たちのうち、岸和田市職員のD君と女子大生のE子さん以外の5人はシンナーやバイクをキーワードに接点があった。

A君・・・・17歳。中学3年時はほとんど登校せず、パチンコ店などに繰り出していた。当時の同級生によると、B君よりも”暴れもん”という印象だったという卒業後は美容師の専門学校に入学するが中退、事件当時は無職だった。1991年、B君、C君らとともに暴走族を結成。特にB君と仲が良かったようだ。シンナーを常用しており、B君とはバイク仲間でありシンナー仲間であった。

B君・・・・18歳。熊取の不良達の間では有名だったという。A君、C君らと立ち上げた暴走族のチームでは特攻隊長のような役割をしていた。当時、妊娠中の彼女がいて入籍する予定もあり新しい住まいもすでに決まっていた。A君の葬儀では「何で死んだんや」と悔しがり、「俺たちはしっかり生きていこう」と仲間を励ましていた。だがその数日後、自身も自殺する。

C君・・・・18歳。高知出身。野球少年で、野球の強豪校に進学したが中退、その頃高知にやって来ていたB君の友人を通してB君と知り合い仲間となる。その後、熊取町にやって来てB君の父親が経営する土建会社でB君と一緒に働いていたりした。B君が自殺した当時は三重県鳥羽市の旅館で手伝いをしていたが、自殺の報せを聞き熊取町に戻ってきた。しばらく友人達と会ったりしていたが、「以前付き合っていた女性(当時17歳)に会いたい」と思い、2人の友人を連れて女性に会いにいった。だが女性から「もうすぐ他の男性と結婚する」と聞き、友人に「ロープはないか」と言っていたという。その6時間後、自殺死体となって発見される。

D君・・・・22歳。岸和田市職員。

E子さん・・・19歳。鳥取県米子市出身。地元の高校を卒業後、大阪体育大学に進んだ。高校時代はソフトボールをやっていたが、大学進学後は陸上競技に転向した。町内の学生寮に住んでいた。遺書はなかった。

X君・・・17歳。A君・B君の中学時代の後輩で在学中に交流があった。Y君とは同じ中学。

Y君・・・17歳。A君・B君とバイク仲間だった。3人でよく熊取近辺を走っていたという。

http://yabusaka.moo.jp/kumatori.htm

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大阪府熊取町7人連続怪死事件とは

1992年6月から7月にかけて、大阪府熊取町で17歳から22歳の若者が連続して自殺、変死するということがあった。一週間ごとに、それも決まって水曜日か木曜日に自殺するというミステリー。

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