「熊取」という土地以外に、何ら接点を見出せない「怪事件」と「原子炉実験所」
だが、東日本大震災後に起きた福島第一原発事故が、両者の意外な接点や奇妙な符合を
気付かせる契機だったのもしれない。
全ては「原子力推進」のためだったのである・・


●脱原発を訴える異端の研究者たち「熊取6人衆」

大阪府熊取町にある京都大学原子炉実験所と言えば、福島第一原発の事故以来、
一躍脚光を浴びた組織である。悪魔に魂を売った御用学者が、テレビで腐りきったコメントを述べるなか、
この組織内の脱原発を唱える6人の学者が、「熊取6人衆」と言われ、学内で異端視されながらも、
原発の危険性を訴え続けてきた研究者たちとして注目された。

戦時の京都帝国大学は、日本の原爆研究を支えた組織だった。
海軍の「F号作戦」すなわち原爆開発計画は、戦後の原子力産業の基礎を作った。欧米資本は日本の
核技術の成果を認めて、湯川秀樹にノーベル賞を授与し、戦後も京都大学の頭脳協力を重く見た。

原子炉実験所も、日本の原子力政策をリードした点では、戦前と変わらない。
それゆえに、脱原発を唱える学者は、出世の道を閉ざされて、様々な苦労があったという。

原子力産業に関わる学者が、原発の危険性や本当の目的などを口にしてしまうと、
妙な連中に監視されたり、どこへ行くにも尾行されるという話がある。
東大出身の放射線学者 安斎育郎は、
「講演に行けば、電力会社の人間が尾行してくる。同じ電車に乗ってくる。」
という恐るべき体験談を語っている。
電力会社によるストーカーをはじめとして、原発問題は過去にいくつもの怪奇事件とリンクしてきた。
その1つが、大阪府泉南郡熊取町で起きた「謎の連鎖自殺」である。

http://blogs.yahoo.co.jp/specialweek010813/63341191.html

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大阪府熊取町7人連続怪死事件とは

1992年6月から7月にかけて、大阪府熊取町で17歳から22歳の若者が連続して自殺、変死するということがあった。一週間ごとに、それも決まって水曜日か木曜日に自殺するというミステリー。

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