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【佐村河内守のゴーストライター】新垣隆が師事した音楽家⇒森安耀子、南聡、中川俊郎、三善晃

「現代のベートーベン」として知られる"耳が不自由な" "作曲家"の佐村河内守氏のゴーストライターは新垣隆氏であることが分かった。佐村河内氏、新垣氏、そして両者の関係について今後様々な検証がなされることであろう。ここでは、新垣氏が師事した音楽家についてまとめてみた。

更新日: 2014年03月17日

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ginderenさん

新垣隆氏のプロフィール

「公表するべきか逡巡しましたが、やはり事実を明らかにして自分もお詫びしなければならないと思い至りました。このまま事実を伏せ続ければ、五輪という大きな舞台までもが佐村河内氏の虚構を強化する材料にされてしまうのではないか、と」

(週刊文春WEB『「現代のベートーベン」佐村河内守氏のゴーストライターが語った!』2014/02/05 18:00)

無声映画専門の「マツダ映画社」のアーティスト紹介によると、新垣隆さんの肩書きは「無声映画伴奏者」。以下のようにプロフィールを紹介している。

ホアキン・トゥリーナ:ピアノ三重奏曲 第一番 Op.35 第二楽章
新垣 隆 (pf)、奥村智洋 (vn)、武井英哉 (vc)

無声映画伴奏者
新垣 隆(Takashi Niigaki) ピアノ

1970年生まれ。桐朋学園大学音楽部作曲家卒業。ピアノを故森安耀子、作曲を南聡、中川俊郎、三善晃の各氏に師事。現在、作曲・演奏の両面において幅広い活動を展開している。現代音楽の分野において自作品の発表、国内外の現代作品の研究および演奏、アマチュア活動へのコミット(市民オーケストラの指導)等を精力的に行っている。自身の音楽作品としてはアンサンブル・ジェネシスのための「セレナード」(BSハイビジョンにて放映)などがある。桐朋学園大学音楽学部非常勤講師。無声映画伴奏楽団「カラード・モノトーン」のメンバーであり、又ソロ演奏者としても活動弁士と共に公演を行っている。

出典「マツダ映画社」のアーティスト紹介

公開日: 2013/09/15
連辞一層次Ⅱ(1999年度委嘱作品)
作曲 新垣 隆
指揮 田中信昭

アップロード日: 2011/09/02
新垣隆:インヴェンション あるいは 倒置法 III
Takashi Niigaki: Invention or Inversion III

森安耀子氏

ピアニスト 桐朋学園大学非常勤講師【生】昭和19(1944)年4月15日【没】平成8(1996)年2月20日【出】東京都 本名=野村【学】桐朋学園大学(昭和36年)中退,ブリュッセル音楽院(昭和40年)卒【歴】昭和39年~47年パリ国立音楽院、ブリュッセル王立音楽院でピェール・サンカン、エドゥアルド・デル・プエヨに師事.

南聡氏

生  年 昭和30年
最終学歴 昭和58年3月
東京芸術大学大学院音楽研究科修士課程修了
担当講座 音楽教育講座

10月19日、「北海道の作曲家個展シリーズⅠ~南聡の世界~」は無事、盛況のうちに幕を閉じることができました。
素晴らしい演奏を聴かせてくださった出演者の皆様、何ら事故もなく快適な環境をサポートしてくださいましたスタッフの皆様、そして、多数ご来場下さり、温かく熱心に聴いてくださいました聴衆の皆様。本当にありがとうございました。
 もう、何度お礼を言っても言い尽くせない!という気持ちでいっぱいです。

執筆者: ピティナ・ピアノ曲事典編集部
東京芸術大学大学院音楽研究科修士課程修了。在学中作曲を野田暉行、黛敏郎に師事。1982年今日の音楽国際作曲コンクール入選。1983年日本音楽コンクール作曲部門2位(1位空位)。1983年より八村義夫の周辺に集まった、中川俊郎、久木山直、内藤明美らと同人グループ「三年結社」を結成活動。1986年北海道に移住。1988年日本現代音楽協会と日本フィルの共催コンサートで初演された、独奏ハープを伴うオーケストラのための《譬えれば・・・の注解》によって注目される(2003年アジア音楽祭に入選)。1990年環太平洋作曲家会議に参加。1991年オーケストラのための《彩色計画V》の初演が評価され村松賞。

中川俊郎氏

中川 俊郎(なかがわ としお、男性、1958年 - )は日本の作曲家、ピアニスト

東京生まれ。桐朋学園大学音楽学部作曲科卒業。作曲を三善晃、ピアノを末光勝世、森安耀子各氏に師事。70歳になるジョン・ケージを迎えて行なわれた「MUSIC TODAY '82(武満徹企画構成)」の一環として開催された10周年記念国際作曲コンクールで、自作自演作品で第1位を獲得、ジョン・ケージにも高く評価される。1988年村松賞、およびグループ「アール・レスピラン」の一員として中島健蔵音楽賞を受賞(現在は同グループを脱会)。 現在、日本現代音楽協会理事、日本作曲家協議会理事。

このひと月ちょっとばかり、必要があって、作曲家・ピアニストの中川俊郎(1958-)の音楽をいくつか、ずっと聴いていた。世の中に「天才」と呼べる人は、さほどいないが、この中川は掛け値なしの天才である(というのは、何も私個人だけの評価ではない)。

三善晃氏

東京府東京市杉並区阿佐谷(現:東京都杉並区)に生まれる。幼少より、自由学園においてピアノ演奏法、音楽基礎を学び、小学校に上がる頃より、ヴァイオリン演奏法と作曲を平井康三郎、後には池内友次郎に師事。都立高等学校尋常科から同高等科を経て東京大学文学部仏文科在学中に、フランス政府給費学生として、1955年から1958年にかけて、パリ国立高等音楽院に留学、中退。在学中はアンリ・シャラン、レイモン・ガロワ=モンブランに師事。

「九条の会」傘下の「マスコミ九条の会」呼びかけ人を務めた。

2013年10月4日、心不全のため死去。80歳没。

皇后さまは30日、東京都港区のサントリーホールを訪れ、昨年10月に80歳で死去した作曲家・三善晃(みよしあきら)さんのお別れの会に出席した。
 宮内庁幹部によると、両陛下とは音楽を通して長年交流があったという。皇后さまが皇太子妃時代、詩人の故・宮崎湖処子(こしょし)さんの詩をもとに作曲した作品「おもひ子」について、編曲を担当したのが三善さんだった。

歌曲から管弦楽曲までクラシックを幅広く手掛けた作曲家で、文化功労者の三善晃(みよし・あきら)さんが4日、心不全のため死去した。80歳。葬儀は親族のみで済ませた。後日お別れの会を開く予定。喪主は妻、由紀子(ゆきこ)さん。

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