風船おじさんというのはマスメディアが付けたアダ名である。しかし多摩川での飛行実験の失敗を見るや「関わっちゃマズイ」と思ってしまったのか、距離を置くようになった。琵琶湖の時に駆けつけたのはフジテレビだったが、朝日新聞社の通信局長も現場にいたという。


風船おじさんは無線の免許を持っていなかった。ゴンドラに風船を付けるなどの作業もかなり苦労していたそうだ。


多摩川で飛ぶ前から、風船おじさんは破天荒な行動を見せており1989年の横浜万博では集客対策不足に不満を覚えて、着ぐるみを着て塔に登り、7時間立て篭もるなどして抗議していた。


専門家曰く「風船でアメリカになんて行けるわけねーだろ」というツッコミがある他、「風船がアメリカまで保つはずもないから、恐らく海に落ちて死んでいるだろう」という見解を示している。


しかし、公式上の記録において、風船おじさん及びファンタジー号の遺留品などが見つかったという情報はない。もしかしたら20年以上経った今でも、ファンタジー号と風船おじさんはどこかを飛んでいるのかもしれない。


アラスカで遺体発見との報もあるがこれは事実無根のデマである。


後述の関連動画においても、おじさんの遭難・失踪オチは笑い話であるかのように語られているが、残された家族は笑い話で済まされたらたまったもんではない。



「カールじいさんの空飛ぶ家」という映画が公開されて、この事件を思い出した人は多いだろう。


ダーウィン賞を語る上で、このおじさんが引き合いに出されたり話題にのぼる事も少なくない。というのも2008年、ブラジルのアデリール・アントニオ・デ・カルリ神父が、「ヘリウム風船での長時間飛行記録に挑戦した末に沖合い上空へ流され遭難する」という風船おじさん同様の死に様でダーウィン賞を受賞しているため。ただし彼は3ヵ月後に無事遺体が回収されている。


風船おじさんの蛮勇も80年代ではなくせめて現代であれば、まだ話題を集めて借金返済のめども立っていたかもしれない。



良くも悪くも、風船おじさんは今や伝説の人となっている。


http://dic.nicovideo.jp/a/%E9%A2%A8%E8%88%B9%E3%81%8A%E3%81%98%E3%81%95%E3%82%93

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風船おじさんこと鈴木 嘉和(すずき よしかず、1940年 - 1992年11月消息不明)は、風船おじさんとして知られたピアノ調律師。自称冒険者。

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