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【努力の】小橋建太の名言と、伝説のトレーニング(秋山準の解説付き)【世界チャンピオン】

小橋建太「「あの時、こうすればよかった」というのはない。それは自分の人生を否定することだから」

更新日: 2014年05月07日

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21092さん

小橋建太

1967年3月27日生まれ

元プロレスラー

プロレスに限らず、突き詰めていかないと物事に対して自信がつかないですよ。だから、これくらいやらないと小橋のプロレスはできないんだという気概で練習に挑んでいた。

(プロレスとは何か?)わかりません。オレが聞きたいです。なんだろう? 答えがわからないからリングに帰ってきたんです。わからないからリングに立つし、プロレスをやめるまでわからないと思います。だからリングに立つんでしょうね。

何で自分ばっかりとか、そういうのはないです。そうなった現実を受け止めないと、それは逃げ道になってしまうので。

こうやって、熱い闘いで被災地に届くような、この大会でできた収益が被災地にいけばどれだけ嬉しいか。プロレスの力がまず届いてほしいし。プロレスの力ってなんだろうって見た人しかわからないって言うかもしれません。でも、これがプロレスの力だと思うから、ずっと続けていくしか、届くまで続けていくしかないと思うから、頑張っていくしかないですね。

試合前まで、昨日もずっと病院で治療していたんですけど、体がどうなろうと今日は絶対架け橋、ムーンサルトをと思ったし、その想いが。あと自分のコンディションがどうなろうと前を向いて行きます。それは今日の『ALL TOGETHER』の意味、倒れても起き上がっていくその姿が大事だと思うんで、自分もこっから立ち上がっていきたいと思うし、それこそ自分も復興しないといけないんで。

三沢さんのことを教訓にして、自分もリングに立つべきではないと考えたんです。僕はいつもそういうことを覚悟のうえでやっているけど、僕に何かあった場合、ファンの子供たちがプロレスに夢を持てなくなる。プロレスラーを必死にやってきて、最後にそうなってしまうと、プロレスを見る子供の数が少なくなってしまう。プロレスを衰退させるようなことは、絶対にしたくなかったですから。

*「三沢さんのこと」・三沢光晴がリング上で死亡したこと。

プロレスラーって正式な引退試合をしている人は少ない。僕がちゃんとした引退試合ができたら、それも後輩への一つの道標になるかなと思いました。今日は天国にいる馬場さんと三沢さんに届くように、心の中で”今日で引退します”と告げました。

僕は、後悔なんか何一つないです。膝、首、腰が日常生活にも支障を来すほどダメージを受けていますが、「あの時、こうすればよかった」というのはない。それは自分の人生を否定することだから。プロレスラーを続けたければ、どんな形でもリングに上がれるかもしれないけど、僕は、“自分の試合”ができないのなら辞める。それだけ真剣にプロレスと向き合ってきましたから。

もちろん絶望という気持ちもありました。辛いですし、苦しいですし。息ができなくなるような苦しさっていうのもありましたし。もうどうしたらいいんだろうって思いますよね。でも前に進むしかないんです。生きていく以上、っていうより、生きることが出来る以上。こうして生きることが出来る。本当に素晴らしいことです。

◎小橋健太トレーニング伝説

誰より練習好きな「24時間戦う男」。新弟子時代から1日12時間以上を超えたその練習量は、往々にして周囲に脅威を与えた。

出典東京スポーツ

小橋は上京するまでに食って食いまくってパンパンの体を作りあげた。体重にして115キロ位はあっただろう。それが激しいプロレス流トレーニングを始めると体重は見る見るまに落ちて60キロ台へ。当時の全日プロは前十両力士の玉麒麟(現田上)と卓越山(現嵐)、そしてレスリング学生王者の菊地毅が練習生でいた。彼らはそれぞれにステータスというかバックボーンを持ち合わせていた。しかし小橋には何もなかった。小橋が頼るのは誰にも負けない練習・トレーニングで自分自身を追い込み自信をつけることだった。

出典東京スポーツ2013年5月13日

○「馬」トレーニング

「これほど動物に近づけたことはない」と感激した小橋は、3歳馬(牝)との対話にチャレンジした。小橋「お前、すごい体してるな」、馬「……」、小橋「俺たちタイトルに挑戦するんだ。お前の馬力を分けてくれよ」、馬「……」。言葉が通じるわけもなかった。しかし魂と魂は確実に触れ合っていた。鉄人は摩周湖の水のように澄み切った馬の両目を見つめる。馬は耳を立てて小橋の言葉を待っている。傍らでは本田がそっと涙をぬぐっていた。そうこうしているうちに情が移ったのだろうか。馬は小橋の乳首をペロリ。タラバガニの悪夢が呼び起こされたのか?小橋は一瞬ひるんだ表情を見せた。

東京スポーツ2006年5月31日

○「海」トレーニング

小橋の言う「まじめな特訓」として終了していたが、鉄人がこの程度でサヤに納まるはずがない。テンションが高くなると、やはりというべきかスニーカーを脱ぎ捨てた。さらに両腕をまくり上げ、まるで何かに取り付かれたように海に飛び込んでしまったのだ。この時、水温は2~3度。小橋は一心不乱に高速チョップを海面に向けて繰り出し、驚いたカモメが一斉に飛び立った。

東京スポーツ2007年11月28日

○「カニ」トレーニング

上半身裸になってカニを持ち上げるトレーニング。命の危機を感じたカニが、小橋の乳首を思いっきり挟み、乳首が切断されそうになるも、最後は小橋の気合いに負けたカニがギブアップ。カニとの激闘を終えた小橋は「(秋山)準の技ぐらい効いた」とコメント。

秋山準のコメント

「ススキノの市場で昼間から裸になったという時点ですでに十分恥ずかしい」

○「キャベツ焼き」トレーニング

裸で、大阪名物「キャベツ焼き」を作るトレーニング。

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