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なんと、かつてオリンピックの正式種目の一つに”芸術競技”があった!!

スポーツの祭典であるオリンピックに、なんとかつて”芸術”が競技としてありました。

更新日: 2014年06月30日

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kus0masaさん

正式種目に”芸術”があった

芸術競技とは、かつて近代オリンピックで採用されていたオリンピック競技の一つ。

オリンピックでは1912年第5回ストックホルム大会から1948年第14回ロンドン大会まで、芸術が競技として競われ、それぞれ金銀銅のメダルを授与されていました。

芸術競技は夏の大会の種目のようです

なぜ”芸術”がオリンピック競技になったの?

芸術競技の生みの親は、フランスの教育者であり、近代オリンピックの創立者であるクーベルタン男爵

古代オリンピックは神を讃えるという信仰的要素が強く、スポーツは強く美しい肉体で神を表現することから生まれたものであり、芸術表現も同じく神を表現する一手段であった。

近代オリンピックにおいてもその理念として「肉体と精神の向上の場」が掲げられており、クーベルタン男爵の希望もあり芸術競技が採用された。

古代オリンピックをモチーフとして生まれたということです

どんな種目があったの?

種目は絵画、彫刻、文学、建築、音楽があり、スポーツを題材にした芸術作品を制作した

秩父宮スポーツ博物館入口脇にある像は、第11回ベルリン大会(1936年)の芸術競技で金メダルに輝いた作品です。

なんと、日本にも作品が残されていたとは驚きです。

芸術競技なのに、山岳賞やグライダー賞などもあった。

グライダーは1936年ベルリンオリンピックの1回だけでした。

日本のメダル受賞者

1936年ベルリンオリンピックで、絵画種目(絵画) 藤田隆治 作品名「氷上ホッケー(アイスホッケー)」 銅メダル、絵画種目(デッサン・素描部門) 鈴木朱雀 作品名「古典的競馬」 銅メダルを受賞

藤田は作品「アイスホッケー」で参加し銅メダルを獲得。同作品はナチスに買い上げとなりその後の行方については明らかではない。

『赤とんぼ』などの作曲で知られる山田耕筰氏も、1936年のベルリン五輪にて、音楽部門で参加していた。

音楽の教科書でもお馴染の人が五輪競技の選手だったというのも不思議な感じがします

どうして正式競技ではなくなったの?

作品の輸送の難易度の高さや客観的審査の困難性等の問題から、1952年の第5回ヘルシンキ大会から「芸術競技」は廃止され、「芸術展示」として実施されています

芸術作品について客観的な基準をもって採点を行うことが困難であり、しばしば恣意的な判定があったのではないかとの批判が生じたことが理由とされる

芸術作品を公平に採点するのは難しいですね

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