1. まとめトップ

【ジプシーウェイ】邪道&外道の軌跡まとめ【ユニバ~新日本】

プロレス界で最も有名なタッグ・チーム「邪道&外道」。日本、アメリカ、メキシコにある数多くの団体を渡り歩いた流浪のプロレスラー人生を、まとめるのは至難の業ですが頑張ってまとめてます。We are JADO GEDO, HaHaHaHa!

更新日: 2017年05月22日

karykaruさん

  • このまとめをはてなブックマークに追加
35 お気に入り 297915 view
お気に入り追加

現在は国内最大手団体「新日本プロレスリング」に所属

タッグチームの印象が非常に強く、もちろんタッグ戦が多いのだが、シングルマッチでも会場を大いに盛り上げる。
両者ともジュニアの階級だが、ヘビー級選手を相手にしても難なくこなすことができる。
それぞれが希少なオールラウンドプレイヤー。

人呼んで「The World Class Tag Team(ザ・ワールド・クラス・タッグ・チーム)」。

鍛え上げられた肉体美。ストイックな食生活とトレーニングの賜物

恐るべき肉体!

邪道&外道両者がFMWを主戦場にしているとき、WCWに遠征し、クリス・ベノワやディーン・マレンコ、エディ・ゲレロらがストイックな食事法を取り入れているのを目の当たりにした。これが肉体改造のきっかけとなった。

プロレスラーといえば胃袋がブラックホールなんじゃないか?ぐらい食べに食べるイメージに遠からず、当時はまだ科学的な食事法を取り入れるのは珍しいことだった。

トップレスラーがいる各地を渡り歩いている邪道・外道ならではの先駆者っぷり。

さて、以下より長い長い邪道&外道の足跡を辿っていきます。

邪道&外道の軌跡「たけしプロレス軍団(TPG)」

ラジオ番組「ビートたけしのオールナイトニッポン」が生んだ一つの企画がこれだった。
新たなプロレス団体を設立して新日本プロレスに喧嘩を売る構想が生まれ、練習生が募集された。そこへ門を叩いたのが、後の邪道&外道である秋吉昭二と高山圭司だった。

皮肉にも初っ端に身を寄せた軍団が、現在の所属団体である新日本に喧嘩を売るコンセプトだったとは…。

たけしプロレス軍団のコーチを務めていたのがアポロ菅原だった。
二人がまずプロレスを教わったのはこの人。

アマレス出身のプロレスラーで、国際プロレスにてデビューし、国際消滅後は全日本プロレス、パイオニア戦志、SWSなどを渡り歩いた苦労人。

ちなみにお二人の師匠というのは?

外道 アポロ菅原さん。

邪道 あの人に受身のイロハとか教わったからね。まぁポイント・ポイントで師匠はいるんだけどね。

日本相撲協会が新日本プロレスに対して両国国技館の貸し出しを無期限で禁止する事態にまで発展するほどの暴動になってしまった。
確かな“熱”を生んだものの、ひたすらネガティブな方角に向いてしまい、TPGは自然消滅を道をたどった。

企画自体はうまくいかなかったが、TPGが輩出したレスラーは、邪道、外道に加え、スペル・デルフィンと名選手が揃っている。
ベイダーに関しては新日本プロレス側からたけしに打診があり、TPGとしてデビューしたと2012年7月5日放送のBSフジ「たけしの等々力ベース」にて語っている。

この時のリングネームは、外道がブラック・ウルフで、邪道が本名のままだった。
1988年の出来事。

邪道&外道の軌跡「FMW」

フロンティア・マーシャルアーツ・レスリング
Frontier Martial-arts Wrestling
エフ・エム・ダブリュー

一般知名度も高い大仁田厚が旗揚げしたプロレス団体。
「メジャー」と「インディー」の線引きを強く意識し、メジャー団体に対して強い対抗心を打ち出し、カルト的な人気を集めた。
当初はその名の通り格闘技色が強い方向性だったが、次第にデスマッチを売りにした路線へと変わっていった。

TPGが計画通りいかなかったため、ツテを辿って何とか海外でデビューを果たした両者。
二人とも1989年3月19日、オランダ・アムステルダムのエイデンホールにて、モンキーマジック・ワキタ(現スペル・デルフィン)戦だった。

その後、大仁田厚が設立したFMWに合流するも、邪道が“ボートピープルジョー”という名の覆面レスラーとして一試合行っただけで離脱している。ちなみにベトナム難民というギミックだった。
一方、外道は“ブラック・アイドマン”と改名するも試合は行われず。

あー栗栖選手がボコボコにしてますよね。もっとやってるかも。 RT @koda307: 細かいけどFMWでは邪道選手はボードピープルジョーで1試合のほかに素顔で1試合、栗栖選手とシングルやってますよね。 RT black_eye2: subcon.hatenablog.com/entry/2014/08/…

【邪道が“ボートピープルジョー”という名の覆面レスラーとして一試合行っただけで離脱している。】と書きましたが、このような意見もいただきました。

邪道&外道の軌跡「ユニバーサル・プロレスリング」

ユニバ
ユニバーサル・レスリング連盟
ユニバーサル・レスリング・フェデレーション
UWF

「本場・メキシコのルチャ・リブレ直輸入!」という分かりやすいコンセプト。
90年代の初期にわずかな期間だが確かな人気を誇った軽量級選手中心の団体。
グラン浜田、ウルティモ・ドラゴンと海外でも活躍する選手を核として、サスケやデルフィン、ディック東郷率いる海援隊の面々、MIKAMI、OKUMURAなどそうそうたるメンバーが足跡を残している。
みちのくプロレス、そして全日本女子プロレスもユニバなしでは語れない。正真正銘・伝説の団体である。

現在のマット界において、重要なポジションに身を置くプロレスラーが勢揃いしていたのがユニバーサルなのだ!

ウルティモ、デルフィン、サスケは当時まだマスクを被る前。
(それぞれ浅井嘉浩、モンキー・マジック・ワキタ、MASAみちのくとして活躍していた)

Punish & Crush。略してパニクラ。
おそらくロード・ウォリアーズのオマージュと思われる。

この頃から連携技のスーパー・パワーボムを使用し、猛威を奮っていた。

――さてタッグを組まれて長いですが、組み始めてすぐに「合うな」と思ったりしたんですか? それとも徐々に合わせていったのか

邪道 徐々にじゃないですね。もう最初からずっと、いつの間にかつるんでたし。

外道 いつの間にかですよね。

邪道 そんなものなんじゃないですか? 長く続く秘訣というのは。「じゃあ組もう」と言って、お互いに合わせていったら、そこまで続かないよね。

外道 考えてたらダメです。自然が一番。

――恋愛と一緒かもしれないですね

邪道 夫婦と一緒です(笑)。

邪道&外道の入場曲といえばZZ TOPのSharp Dressed Man!
古くからのファンには耳馴染みでしょう!

残念ながらまだイントロに「We are JADO GEDO, HaHaHaHa!」とは入っていません。

当初は「クーリー・SZ(しょうじ)」だったが、後に"クラッシュ"を付けた。

外道も「ブルドッグ・KT」から"パニッシュ"を加えた。

二人とも1990年3月のユニバーサル旗揚げ戦から参加している。
ようやく主戦場を獲得した。

今で言えば「邪道&外道 vs ザ・グレート・サスケ&スペル・デルフィン」というあり得ないカード!

メキシコ遠征(ユニバーサル所属として)

邪道&外道は91年の4〜11月までメキシコに遠征。

日本人プロレスラーでメキシコといえば、この人・グラン浜田が開拓者。
今のようにツテがない時代に、スペイン語も話せないのに単身でメキシコに乗り込み、LLI最優秀外国人選手賞、4階級制覇などの偉業を達成。
メキシコに家庭も持ち、日本とメキシコを行ったり来たりの生活になり、日本のプロレスとメキシコのルチャとのパイプを作った人である。

邪道&外道は共に浜田を頼って教えを受け、メキシコの地でルチャを経験した。

帰国、再びユニバーサル・プロレスリング

NWAフロリダ地区のブッカーでもあったデューク・ケオムカの三男で日系人プロレスラー。
アメリカ、メキシコ、日本のマットを転戦した世界を知る男。

ポール・ダイヤモンドとのタッグチーム「バッド・カンパニー」で主にCWAのタッグタイトルに絡み続けるなど、タッグ戦の名手でもあった。

受け身の達人としても知られており、打撃を受けた際にキリモミ回転で受けて“魅せる”名人芸は、外道や金村キンタローに影響を与えたと思われる。

1 2 3 4 5 ... 13 14





karykaruさん

色々なものをまとめます。

このまとめに参加する