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【映画 イージーライダーから浮き彫りになる背景】( Easy Rider )まとめ

『Easy Rider』は、1970年に公開されたアメリカ映画です。 ストーリーが訴える自由や時代背景をまとめました。

更新日: 2019年07月05日

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この記事は私がまとめました

lyle68さん

自由とは? " Freedom "

このイージーライダー、すごく印象に残るセリフがある。
「アメリカという国は、子どもから老人まで『自由』『自由』と口にする。しかし、本当に自由に生きる人間を見るのは怖いんだ」
それまで「自由の国アメリカ」と信じていた僕は、揺さぶられた。
アメリカの言う自由も、やはり制約の中での話なのだ。

井筒監督は、ここで実に的確なコメントを出している。
「同じ自由という意味でも『freedom』と『liberty』は違うんだよね」
すばらしい! さすが井筒監! 着眼点が違う。
僕はもう、ラジオを聴きながら車の中で拍手してしまった。
「liberty」は、辞書では「選択の自由」とある。意訳すれば「ルール(法)の制約の中での自由」という意味になる。
一方、『freedom』は「束縛からの自由」という意味である。
この、イージーライダーのセリフの自由は『freedom』である。

坂口専務のブログ

私はこの作品は当時の"自由の国アメリカ"を表現した歴史作品だと思いました。

主役の二人と途中から旅に参加するジーザスとジョージは自由の国というイメージにピッタリでしたが、取り巻く環境はイメージと全く違いました。

よそ者ということや、身なりがみんなと違うというだけでジーザス以外は、最終的に殺されるという結果はあまりにも理不尽で、自由って何だ?っと誰もが思うはずです。

映画マニア

挿入歌 "ボーン・トゥー・ビー・ワイルド"

キャプテン・アメリカとビリーと一緒に旅に同行したハンセンらは、先々で宿泊を拒否され仕方なく野宿することになる。その時、アメリカの「自由」についてハンセンは印象深い台詞を述べている。それは次のようなものである。

「(人々は)君らを怖がっているんじゃないよ。」

「君らが象徴しているものを怖がっているんだよ。」

「奴らは俺たちを散髪の必要な人間としか見てねんさ。」

「君たちが象徴しているものは「自由」だよ。」

「自由のどこがいけないんだ。結構なことじゃねぇか。」

「確かにそうだが、自由にも二通りある。」

「君らの言う自由と奴らのいう自由とは似て非なるものだ。」

「彼らは自由というものをマーケットでものを買うように買うわけにいかないことをよく知っているんだよ。」

「でも冗談にも、奴らが自由じゃないなんて言っちゃだめだよ。」

「そんなことを言ったら、みんなは人殺しをしてでも自分達が自由だってことを証明しようとするだろう。」

「なるほどみんな「個人の自由」とかについてよくしゃべるよ。」

「しゃべるのはそら楽だからね。でも口先だけだよ。」

「違う自由がそこに現れると怖くてしょうがないんだ。」

「怖がってるって顔じゃない。」

「そう、かえって凶暴になるんだよ。」

ヒッピー " Hippie "

映画の前半、主人公達は一人のヒッチハイカーを拾います。案内されたのは人里離れた奇妙な場所、そこは若者達が共同生活を行うヒッピーコミューン・・当時アメリカで大きな社会現象となっていました。

1960年代サンフランシスコに特異な風貌の若者たちが集まるようになります。ヒッピーと呼ばれた彼らは既成の社会体制や価値観を否定、『Love&Peace』をスローガンに根本的なライフスタイルの変革を目指しました。

「イージー・ライダー」自由と反戦と暴力と・・NHK BS歴史館より

ヒッピー(英: Hippie)とは、伝統・制度などの既成の価値観に縛られた人間生活を否定することを信条とし、また、文明以前の野生生活への回帰を提唱する人々の総称。1960年代後半に、おもにアメリカ(発祥地はサンフランシスコのヘイト・アシュベリー地区との説がある)の若者の間で生まれたムーブメントで、のちに世界中に広まった。彼らは基本的に自然と愛と平和とセックスと自由を愛していると述べている。

日本では、フーテンと呼称された時期もある。

ヒッピー wikipedia

自由・暴力・反戦 " Freedom, Violence, Anti-war "

冷戦構造の中、南北に分断されたベトナムの統一をめぐる争いで共産主義の北ベトナムに対しアメリカは南ベトナムを支援します。

多くのアメリカ人が自由主義を守る正義の戦争だと信じていました・・しかし戦局は長引きこう着状態が続きます。

1967年に徴兵がキッカケで反戦運動が広がります・・反戦の気運が一気に高まったのが1968年1月30日に北ベトナム側が猛攻を仕掛けた”テト攻勢” 首都サイゴンのアメリカ大使館が一時占拠されるなど米軍が大苦戦する姿がテレビで大きく報道されたのです。

アメリカの若者達は疑問に思います。なぜベトナムの農民兵を殺さなきゃならないのか?・・俺達ひょっとすると助け出す側じゃなく殺している側なんじゃないか?・・この戦争にアメリカに正義があるのか?

・・そんな反戦運動が頂点の時期にイージー・ライダーは公開されました。

ベトナム戦争

公民権運動は、人種差別撤廃を求めた大衆運動、非暴力抵抗を掲げたリーダー的存在がキング牧師でした。
1964年7月2日 公民権法制定 有色人種の法的平等が認められます・・しかし南部では逆に黒人や運動家に対するリンチや暴行がエスカレートします。

映画の主人公達は南部に行って地元の白人に殺されます・・これは若い公民権運動家の3人が南部の保守的な人々に殺された実際に起こった事件の反映だったのです。

1964年6月 ミシシッピ州公民権運動家殺人事件 3人の公民権運動家が無残な遺体となって発見されたのです・・白人の運動家が殺された事でメディアで大きく取り上げられたのです。・・捜査の結果、白人至上主義を掲げる秘密結社のメンバーによる犯行だった事が判明、その中には地元の保安官も含まれていました。

南部アメリカ社会の闇に多くの人が目を向けるキッカケとなった事件でした。

公民権運動

相次ぐ暗殺
1963年11月 ケネディー大統領暗殺
1965年 2月 マルコムX暗殺 ブラックパンサー党を組織し黒人による自衛闘争を主張
1968年 4月 キング牧師暗殺 彼の死に抗議して全米125の都市で一斉に暴動が起こる

映画の中の彼らも罪もなく罰せられ殺されたのです・・だからこの映画は、あの時代の不条理で行き詰まった状況を表わしているのです。

同じアメリカン・ニューシネマの代表作である俺たちに明日はないと同じ結末となったが、やはりドロップアウトした犯罪者(反社会的な人間)の結末として政治的には正しいのだろうと思われる。

『イージーライダー』は、アメリカが分裂してゆく過程を描いた映画ではない。
むしろ、アメリカが自分たちは多様な集団を含んだ混質的な社会であるという自己認識を失い、「どこでも、『ここ』と同じだろ」というなめた他者認識を国民全員が(殺されるライダーたちも、殺す農夫たちも)共有してゆく過程を描いている。
私はそれを「モラルが失われてゆくプロセス」と呼んだのである。

、星条旗をあしらったジャケットを着、アメリカ製のバイクにまたがり、アメリカを走り抜けた。自分たちを脅かしているそのものにさえリスペクトを持ち、かといってそこに依存することはなく、ただ静かに自分たちの自由を追求し続けた2人のライダー――この作品からは自由への強い意志はもとより、命懸けのリスペクトが見える。人を殺したり、人を痛めつけたりしなければ証明できない自由など、少なくとも私はこの先、求めることはないだろう。それは彼らにとってそうであったように、私にとっても、永遠に、自由と呼べる代物ではないからだ。

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