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2014年3月。みんなの「311」の記憶を集める「勝手に311を忘れないセンター」

仙台の「3がつ11にちをわすれないためにセンター」を勝手に東京でも実施しようという企画です。「311」にあなたがどこで何をしていたか、どんなことを思ったか思い出して、記憶をお寄せ下さい。その記憶はこちらでまとめて行きます。「#勝手に311センター」でぜひSNS等での投稿をお願いします。

更新日: 2014年03月31日

katteni311さん

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はじめまして。#勝手に311センター です。

勝手に311を忘れないセンターの参加の仕方を書いたウェブサイト。
「せんだいメディアテーク」の「3がつ11にちをわすれないセンター」とは関係なく、本当に”勝手に”やっています。

みんなの「311」の記憶を集めています。
仙台にある「せんだいメディアテーク」の「3がつ11にちをわすれないためにセンター」を仙台以外でも勝手にやろうという発想です。
東北はもちろん、東京、北海道、大阪…全国どこの方でも声を寄せていただきたいと思っています。

参加の仕方は4つ。

1.「#勝手に311センター」と文末につけて「311」の記憶をtwitter、Facebookに投稿

「#勝手に311センター」というハッシュタグをつけることによってセンターが参加者の投稿を探し出すことができ、また、ツイートや投稿を見たひとが「何かこのハッシュタグをつけるイベントが行われているんだな」と認識することができます。twitterは記事がそのままNaverまとめに反映され、Facebookの投稿は原則イニシャルで投稿者を表示します。

2.#をつけないけれど、「311」の記憶をtwitter、Facebookに投稿

このセンターの呼びかけがなくとも、「311」を思い出すひとはたくさんいることと思います。そういった声もセンターはできる範囲でひろっていきたいと思います。「ハッシュタグってよくわからない」というひとはこの方法でも参加できます。もし良かったらセンターのtwitterに連絡をいただけたらうれしいです。

3.メールを「勝手に311センター」に送る

上の2つのやりかたはわからないけど、メールでなら参加できそうという方はnhn.always2アットgmail.com(アットを@に変えてください。迷惑メール対策です)に「勝手に311センター参加」のタイトルでメールをお送り下さい。こちらも原則イニシャルで投稿者を表示します。

4.「#勝手に311センター」とついた投稿をリツイート、シェアをして広める

自分で気持ちを表現したり、声を上げることは苦手だけど、このセンターの活動に参加してみたいという方は投稿の共有で「311」の記憶を広めてください。ワンクリックでできる参加方法です。また、ブログやHPでリンクを貼ってくださるとか、「こういう活動があるよ」と友人や色んな知り合いに伝えていただくだけでも参加したことになります。たくさんの方が小さな想いから参加してくださることを心から望んでいます。

*ハッシュタグは「#勝手に311を忘れないセンター」でも「#勝手に311センター」でも大丈夫です。

3月1日、中の人の片方、南部から始めてみました。

2011年3月11日、私が居たのはバイト先の渋谷だった。道南の出身で奥尻島の地震の記憶から、あのレベルの揺れが来たらヤバイといつも思っていたが、近いのが来た。震源地は何処か、震度はいくつか、いつまで経っても上から情報が来ない。(つづく)#勝手に311センター

バイト先は靴売場だったので、靴修理コーナーのおいさん情報で「仙台で震度7」とかいうのが入ってきた。嘘でしょ、私が5月に一緒に展示しようと思ってる相方、仙台だけど!と、その時結婚していた夫が帰ってこれるか心配だった。(つづく)#勝手に311センター

そして自分が帰れるか。その全てがわからない。電車が動いてるのかも。今日バイト先は何時まで営業するのかも。「本当のこと」が知りたくて、通常通りの営業を終えたバイト先から渋谷の街に出た。#勝手に311センター

すごかった。渋谷の街はカオスだった。どのバス停から並んでるのかわからないくらいの長い列、駅に入って来れないように入り口に下りたシャッター(初めて見た)、銀行のATMコーナーで暖をとりつつ座り込む妊婦さん。やっと非常事態を悟った。#勝手に311センター

3月2日、声が集まって来ました。

#勝手に311を忘れないセンター 早い、年月が経つのが早すぎる。いや、ホントのところ、実は世相が我々に忘れさせようと操作しているやもしれない。ここのところ意識が刻々と薄れ、報道もほとんどされていない。このSNSでさえもだ。特にその現場にいないからなのか。

元同僚が興味深い活動を行っているので(@katteni311 #勝手に311を忘れないセンター)、よかったら参加してみてください。僕もあの日を想い出してみよう。。。 nanv.net/katteni311/ ↓↓↓

#勝手に311を忘れないセンター 私の場合、その時の記憶というより3.11における今の状況が何なのかを話したい。例えば首都圏で比較的恵まれている、いや十分と言える場所を住まいにしている今時点の自分から福島の有様をどの様に想像出来る⁇そのリアル感がもう完全に薄れている現実。

#勝手に311を忘れないセンター 先日ストーンズのコンサートへ行った事は散々しゃべった。彼等はリハはもう殆どしていないとのこと。コンサート翌日27日から次のコンサート3/4前までのこの期間の何日かは福島を訪れているのではと自分は憶測する。まあミックひとりかもしれないが〜!

#勝手に311を忘れないセンター そしてディランがストーンズ後にくる!これも3月!なんか関係してないか?!ディランは再追加公演を先日発表した。もうソールドアウトだろう。ディランの箱はお台場。ドーム並みに稼ぐには公演数が多いのも納得だが。単にドームが嫌いとも言えるね!つづく〜

#勝手に311を忘れないセンター もしもこの二人の大物ミュージシャンがたまたま同じような事を考えていたらと思う。今の日本国民は、大地震が起こった直後のように莫大な義援金を与えないとみた。そこを大物コンサート収益から義援金へとなれば!確実に被災者に届けばだが。考えすぎか⁈

ライフラインでの仕事中(地震慣れした)地元民率8割の職場、この揺れはいつもと違っておかしいね?と言いつつ、韋駄天のように飛び出し内外のドアを全部開け、トイレに行き、TVをつけ、お茶を入れて戻ってきた大先輩。伊豆でも災害の多い地区の出身。その素早さに唖然。 #勝手に311センター

#勝手に311を忘れないセンター ただ、これまで少ない報道をみて被災者の言葉を聞き、義援金だけを必要としているのではない。それは年月の流れとともに元の暮らしに戻りたいのだ。避難所や仮設住宅ではなく、家族とくらしたいのだ。亡くなってしまった家族はまた複雑な思いもある。予想以上に。

”不謹慎かもしれないけれど、今までとは違う何かが始まる…というより、始めなきゃいけないと感じていた。「取捨選択」「世代交代」ほか様々なイメージが浮かんでは消え、もはや傍観者ではいられなくなったことを、あの日、本能が伝えて来た。 #‎勝手に311センター ”

M.Tさん(Facebookより)

”3月11日、あの時間、私はバスに乗っていた。
札幌の私の住んでいる地区はほとんど揺れを感じることはなく、もちろん、バスに乗っていた私は全く気づくこともなかった。
そのまま、子供の通っている保育園へお迎えに行くと、ママ友が「東北で大きな地震がおきたらしい。」と教えてくれた。
二人とも仕事帰りでテレビはもちろん確認していなかったから、「えー!そうなの?」
くらいの呑気な会話をし、帰宅。
すぐにテレビをつけると、どこのチャンネルでも津波の映像が映し出されていた。
「どういうこと??」
事態が全く飲み込めないまま、津波の映像を見続ける。
そうしているうちに、横浜の映像に変わる。ビルの看板が落ちてきて、危うく下にいた人に当たりそうになる。
「横浜も揺れたの??」
私の母は横浜に住んでいる。
事態がようやく現実味を帯びてくる。
母に電話。出ない。何度電話しても出ない。
嫌な予感が広がる。
母のパート先は高架下のスーパーだ。
津波警報は北海道の道南地区にも出されていた。
どんどん不安になる。
まずは主人に電話。無事を確認。
次に家族、地元の友達に電話。
私の地元は函館に近い港町だ。
不安で不安でたまらない。
父に電話がつながる。今のところ津波は来ていないが、非難勧告が出て小学校に非難していると言う。
とりあえず無事を確認でき安心する。
母には電話はつながらないまま、夜になる。
夜10時頃、ようやく母に電話がつながる。
パート先から歩いて帰ってきたため、今家に着いたとのこと。余震もたくさんあって怖かったと。
良かったー!!
最悪の事態を想像してしまっていたから本当に嬉しかった。
自分のほうが大変な目に合っているのに、そんなときでも母は私達家族を気づかってくれる。

そんな母に私達のほうは全く大丈夫!何か困ったことがあったらいつでも連絡して欲しいこと、命だけは大事にして欲しいかことを伝えた。
札幌は変わらない毎日。ただ変わったのはスーパーに非常食が並び、インスタント食品や、ライトや携帯の充電器が店から消えていた。
少しずつ現地からの情報が入ってくるようになってくる。
私が見ていたSNSに子供服、特に赤ちゃんの服が足りません!という書き込みがあった。
当時私の子供たちは5才と2才。
想像するだけで涙がでた。
私の生まれ故郷にだって津波がくることがあるかもしれない。
横浜の母が大きな地震に合うかもしれない。
そんなとき私にできることはないのか?
私には何ができるのか?
こんなことがあったのに私はいつもと変わらない生活をしている。
それでいいのか?
本当にできることはないのか?
自問自答
そんなとき、初めて耳にした「災害支援ナース」という存在。
これだ!と思った。私はすぐそばにいって皆を助けたいのだ。
何かせずにはいられない、
こんな気持ちになったのは初めてだった。

高校生の頃、南西沖地震を経験したが、その時はこんな気持ちにはならなかった。
若かった…といえばそうなんだけど…

今はいろんな人と出会い、結婚、出産を経験して、自分がどれだけ親や回りの人達に愛されて、助けられて生きてきたのか知っている。
だから、私も親や回りの人達を愛しているし、何かあった時には助けられる自分でいたいと思っている。

311を経験して、私の子供たちに伝えたいことは、回りの人達を大切にすること。感謝の気持ち。助け合うこと。そして、逆境に立ち向かえる心をもつこと。
どれも当たり前のことだけど、普段の生活の中では忘れがちな気持ち。
大きな試練にぶつかった時にはこの気持ちを、そして、自分が愛されているということを思い出して欲しいと思います。”

(S.Nさん)寄せられたメールより

3月3日、2011年当時の記事なども載せて行きます。

【お知らせ】勝手に311を忘れないセンター @katteni311 ができました。3/31までの期間限定で東日本大震災のそれぞれの記憶を記録する企画です。運営はnhn(南部宏子×花輪奈穂)の自主企画。#勝手に311を忘れないセンター のハッシュタグで震災の記憶をお寄せください。

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みんなの「311」の記憶を集める「勝手に311を忘れないセンター」です。「せんだいメディアテーク」の「3がつ11にちをわすれないためにセンター」を仙台以外でも勝手にやろうという発想です。



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