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審判じゃない?大相撲を支える『行司』はすごい職業だった

4年ぶりに黒字となった相撲協会。大相撲の人気を支えてるのは力士だけではありません。他のスポーツの審判とは違う「行司」という職業は一体どんな仕事なのでしょうか?

更新日: 2014年03月07日

micmacsanさん

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行司は事務作業もこなす大相撲の盛り上げ役

相撲の場合、行司にスターターとしての権限や役割はない。

行司さんは軍配をあげますが、進行役ですので他のスポーツの審判のように勝敗を決める最終権限はなく、物言いがあった場合は勝負審判の協議によって勝敗が決められます。

相撲では力士の緩んだ廻しを締め直すなど、取組を円滑にするサポートもしています。

古くは「行事」と書いて、相撲という催しを取り仕切るディレクターのような役割を担っていました。

そのため現在でも発気揚々(はっきよい)! 残った! 残った!と取組をさばき、勝った力士に勝ち名乗りをあげるという仕事だけでなく番付を相撲文字で書いたり、決まり手のアナウンスをしたり、土俵入りの先導をしたり、取組編成会議の書記を務めたりという仕事もされています。

番付は相撲字のうまい行司が約10日かけて書き上げます。番付を書くことは行司にとって名誉なことです。

大相撲がない時は何をしてるの?

力士同様、行司も各相撲部屋に所属する(ただし、1957年から1973年まで、行司部屋として独立していた時期があった)。

その部屋の事務的な仕事も処理します。たとえば、番付発送や冠婚葬祭の宛名書き、後援会への連絡、部屋の人別帳書きなどです。

人別帳=力士・行司・床山・若者頭・世話人等の履歴のようなもの。新十両や横綱が誕生すると、その力士の過去の星取表なども作ります。

巡業では先発する親方の補佐役として列車や宿の手配などを担当します。

行司が書く番付表。隙間がないほどびっしりと書くのは「お客さんがぎっしり入るように」という願いが込められてるのだとか。

また、旅館やホテルの部屋割りを相撲字で書きます。経理関係の記帳なども行司が書きます。

華やかな世界を支える縁の下の力持ち。大相撲がはじまる前から忙しい!

行司の最高位は『木村庄之助』

菊綴、房の色は紫。立行司は腰に短刀を差している。(菊綴は行司の装束につけられた組紐の飾り)

そもそも行司には「木村」家と「式守」家しかなく、立行司とは行司の最高位。

33代・木村庄之助の『力士の世界』(文春新書)によれば、行司も力士同様に階級社会で、見習いから始まり、序二段、三段目、幕下、十枚目、三役、さらに最高位の立行司へとあがっていくのだという。

そしてふたりの立行司は必ず「木村庄之助」と「式守伊之助」を名乗るのだが、そのうち結びの一番のみを裁くのが庄之助。

短刀を腰に差していますが、差し違えたら切腹する覚悟で臨むという意味が込められているそうです。

歌舞伎のように受け継がれていく

現在の木村庄之助は37代目にあたる。

「木村庄之助」というのはひとりじゃなく、歌舞伎の「市川團十郎」や「中村勘三郎」のように、ずっとむかしから代々受け継がれてきたものだったのである。

木村庄之助は歌舞伎の屋号みたいなもの? まあそうですね(笑)

ちなみに軍配は右手で持つのが原則であるが現存する錦絵によると7代(とされている)庄之助のみは左利きのため、左手に軍配を持っていた(現在では禁止されている)。

軍配を持つ手には決まりがあり、木村家と井守家でも「型」に違いがあるそうです。

女性人気も高かった36代目 木村庄之助

土俵の美を担う行司にはパフォーマーとしての資質が問われます。所作の美しさや発声なども重要。

鹿児島県枕崎市の中学を出て、東京五輪が開かれた昭和39年の初場所で初土俵。以来49年、本場所は1日たりとも休んだことがない“鉄人行司”でもある。

2013年5月場所中に65歳の停年をむかえ、千秋楽結びの一番の裁きを最後に土俵を去りました。

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micmacsanさん

整理整頓は下手ですがまとめてみました

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